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1984年8月

1984年8月31日 (金)

クドウセンイ(株)[旭川市]

旭川のクドウセンイ 和議を申請 負債7億円

【旭川】繊維製品卸しのクドウセンイ(資本金二千五百十四万円、本社・旭川)は三十一日、旭川地裁に和議を申請、事実上倒産した。民間信用調査機関の帝国データバンク、東京商工リサーチ両旭川支店、信用交換所旭川支局によると、負債総額は七億円。

同社は明治三十五年(一九〇二年)に創業、道東・道北の小売業者を対象に五十五年三月期には十億六千万円の売上高があった。しかし、道央方面への販路の立ち遅れや同業者の競争激化などから赤字が累積し、行き詰まった。

北海道新聞
1984/09/01
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1984年8月27日 (月)

(有)ウメダスポーツ[倶知安町]

ウメダスポーツ倒産 負債総額5億6千万円

【倶知安】スポーツ用品販売業のウメダスポーツ(本社・後志管内倶知安町)は二十七日までに二回目の不渡りを出し事実上倒産した。民間の信用調査機関、東京商工リサーチ小樽支店によると、負債総額は約五億六千万円。

同社は二十四年に創業、後志管内トップクラスのスポーツ用品店に成長したが、設備投資の過大と不良在庫を抱え、資金繰りに行き詰まった。

北海道新聞
1984/08/28
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1984年8月23日 (木)

(株)フモト[北見市]

破産宣告(昭和59年(フ)第94号)

(株)フモト(北見市常盤町2丁目1番61号)は8月23日、釧路地裁北見支部から破産宣告を受けた。

破産管財人は今泉賢治弁護士(北見市)。

債権届出の期間は昭和59年10月1日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和59年10月17日午後1時30分。

1984/09/05
釧路地方裁判所北見支部

1984年8月15日 (水)

稚内冷暖設備(株)[稚内市]

稚内冷暖房設備 受注減などで倒産

【稚内】冷暖房設備工事請負の「稚内冷暖設備」(稚内市中央一ノ五、資本金一千五百万円)は十五日、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額は約六億円。

民間信用調査機関の東京商工リサーチ、帝国データバンク両旭川支店と信用交換所旭川支局によると、同社は四十八年一月設立、官公庁の借請け工事を中心に、昨年十二月期には六億二千万円の完工高を上げたが、給排水管工事が落ち込んだほか、本社社屋の新築投資、さらに前身会社から受け継いだ旧債が重なって資金繰りに行き詰まった。

北海道新聞
1984/08/16
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1984年8月14日 (火)

義経工業[門別町]

義経工業が倒産

【門別】日高管内門別町富川町二一三ノ八、義経工業(鹿戸辰雄社長、資本金二百万円)は、十四日までに二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。民間の信用調査機関、帝国データバンク苫小牧支店によると、負債総額は約五億円。

同社は五十五年に砂利採取業を始め、五十八年五月期まで順調に操業していたが、大口の納入先だった苫東工業基地内の民間石油備蓄基地の工事中断など受注不振となり、行き詰まった。

北海道新聞
1984/08/15
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1984年8月10日 (金)

置戸木材工業(株)[置戸町]

置戸木材が倒産

【置戸】網走管内置戸町二四一、製材業置戸木材工業(資本金千百五十万円、石井清稔社長)は十日、釧路地裁北見支部に和議を申請して、事実上倒産した。民間信用調査機関の東亜興信所、帝国データバンク北見支店によると、負債総額は約五億五千万円。

同社は昭和八年の創業、札幌出張所、北見営業所を開設、住宅建築材を主体に五十五年度には五億四千七百万円の売り上げを計上した。しかし、個人住宅の建築が落ち込んできたことから、極端に業績が悪化、北見営業所の資産を売却したものの、累積赤字は一億七千万円にも膨らみ、立て直しの望みを断たれた。

北海道新聞
1984/08/12
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1984年8月 9日 (木)

(株)一柳運輸[静内町]

静内の一柳運輸も 高見ダム建設終了が打撃

【静内】日高管内静内町の一柳運輸(一柳瞬一社長、資本金七百五十万円)は、九日までに札幌地裁へ和議を申請し、事実上倒産した。民間の信用調査機関、東京商工リサーチ苫小牧支店によると、負債総額は約二億三千万円。

同社はダム工事用の土砂運搬などで順調な営業をしていたが、主力の高見ダム建設が終わって受注が激減。五十九年三月期決算では初めて当期利益がマイナスに転じ、同業者の倒産で不良債権が生じたこともあって行き詰まった。

北海道新聞
1984/08/10
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1984年8月 8日 (水)

雅観光(株)[旭川市]

パチンコ店経営の雅観光(旭川)倒産

【旭川】パチンコ店経営の雅観光(本社・旭川、資本金二百六十万円)は九日までに二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。民間信用調査機関の帝国データバンク旭川支店、信用交換所旭川支局によると、負債総額は約五億円。

同社は五十八年一月にパチンコ店「ゴールデンアロー」を帯広に開店したのに続き、旭川、十勝管内芽室町に五億円をかけて三店を開業したが、予定通りの収益が上がらず、行き詰まった。

北海道新聞
1984/08/12
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まえだ産業(株)[札幌市]

和議開始(昭和59年(コ)第11号)

まえだ産業(株)(札幌市東区北18条東19丁目1番地)は8月8日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は末神裕昭弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和59年9月9日まで、債権者集会の期日は昭和59年10月9日午後2時。

1984/08/22
札幌地方裁判所民事第四部

1984年8月 6日 (月)

北海道絵画額縁(株)[旭川市]

北海道絵画額縁も

【旭川】額縁製造、絵画卸の「北海道絵画額縁」(本社・旭川、資本金五百万円)は六日までに二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。民間信用調査機関の帝国データバンク、東京商工リサーチ両旭川支店によると、負債総額は二億三千万円。

同社は額縁と絵画の卸しを主体に五十五年三月期には三億二千百万円の年商があったが、その後は業績が振るわず、在庫負担も重なって資金的に行き詰まった。

北海道新聞
1984/08/07
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1984年8月 3日 (金)

(有)田和工業[江別市]

砂利採取の田和工業倒産 負債総額は14億円

砂利採取、販売の田和工業(本社・江別市、田和広通社長)は三日に札幌地裁に和議適用を申請、四日保全命令が出され事実上倒産した。民間信用調査機関の信用交換所道支社などによると負債総額は十四億円に上るとみられる。

同社は四十五年の設立。ピーク時の五十七年三月期で八億千六百万円の年商があったが、その後公共事業の抑制とともに業績がダウンしたのに加えて約二億円の不良債権を抱え資金繰りに行き詰まった。

北海道新聞
1984/08/07
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1984年8月 2日 (木)

外山商事(株)[函館市]

外山商事が倒産

【函館】函館市内の衣料品卸売業のしにせ、外山商事(本社・函館市西桔梗町五八九ノ五〇、資本金八百万円)は二日、業績不振のため函館地裁に自己破産を申請、同地裁から財産保全命令が出て、事実上倒産した。負債総額は約六億三千二百万円。

同社は明治十七年創業で、昭和二十三年に株式会社化した。呉服、衣料品の総合卸売りで業績を伸ばし、ピークの五十二年十二月期では売上高約七億七千万円を計上した。しかし五四年からの相次ぐ大型店進出によりジリ貧をたどり、五十八年同期で繰り越し欠損二千五百万円を抱えるなど、苦しい経営が続いていた。

北海道新聞
1984/08/03
http://www.hokkaido-np.co.jp/

白石工機(株)[広島町]

白石工機が倒産

機械メーカーの白石工機(本社・石狩管内広島町、白石一弘社長、資本金三千万円、従業員三十一人)は二日までに二度の不渡り手形を出し、事実上倒産した。民間信用調査機関の帝国データバンク札幌支店によると、負債総額は七億円にのぼる見込み。

同社は昭和八年創業。家庭用の小型除雪機や農漁業関連の機械製造メーカーとして手堅く営業を続け、五十三年六月期には六億六千万円の売上高をあげた。しかし、その後は需要が安定せず、五十八年六月期には五億一千万円にまで売上高が減少。これに加え、五十五年には一億円前後の大口焦げ付きが生じたのをはじめ、未収金が増加して、資金繰りがつかなくなった。

北海道新聞
1984/08/02
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1984年8月 1日 (水)

(有)北栄タイヤサービス[帯広市]

破産宣告(昭和59年(フ)第152号)

(有)北栄タイヤサービス(帯広市西11条南2丁目3番地)は8月1日、釧路地裁帯広支部から破産宣告を受けた。

破産管財人は松浦護弁護士(帯広市)。

債権届出の期間は昭和59年9月12日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和59年10月3日午後4時。

1984/08/16
釧路地方裁判所帯広支部

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