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1984年6月

1984年6月21日 (木)

北川建設(株)[厚岸町]

破産宣告(昭和59年(フ)第61号)

北川建設(株)(厚岸郡厚岸町梅香町2丁目21番地3)は6月21日、釧路地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は加藤義明弁護士(釧路市)。

債権届出の期間は昭和59年7月17日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和59年8月8日午後1時30分。

1984/07/05
釧路地方裁判所

1984年6月20日 (水)

中野海産(株)[南茅部町]

コンブ加工の中野海産倒産 負債12億円

【南茅部】コンブ加工販売で道南大手の中野海産(本社・渡島管内南茅部町、中野国夫社長、資本金千二百万円)は、二十日までに函館地裁に和議を申請、同地裁から財産保全命令を出されたことにより、事実上倒産した。民間信用調査機関の東京商工リサーチ、帝国データバンク両函館支店によると、負債総額は約十二億円。

同社は三十五年の創業で、南茅部産コンブの加工新製品を相次いで開発して業績を伸ばし、ピークの五十四年三月期売上高は八億七千万円に達した。しかし、その後売り上げは伸び悩み、五十八年秋にコンブを原料にしたスナック食品「こんぶチップス」を開発、道内一円の販売に乗り出したが、その開発に伴う約一億円の過大な設備投資がたたり、資金繰りに窮した。

北海道新聞
1984/06/21
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1984年6月11日 (月)

(有)プラント技建[苫小牧市]

破産宣告(昭和59年(フ)第192号)

(有)プラント技建(苫小牧市澄川町3丁目5番地9)は6月11日、札幌地裁室蘭支部から破産宣告を受けた。

破産管財人は吉川忠利弁護士(苫小牧市)。

債権届出の期間は昭和59年7月10日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和59年7月24日午後1時15分。

1984/06/21
札幌地方裁判所室蘭支部

三和工業(株)[登別市]

登別・三和工業が和議を申請 負債3億円

【登別】日本製鋼所室蘭製作所の一次下請け業者、三和工業(本社・登別市鷲別町六ノ二五、資本金一千二百万円、岩田正之社長)は、十一日までに札幌地裁室蘭支部に和議を申請した。民間信用調査機関の東京商工リサーチ、帝国データバンク両室蘭支店によると負債総額は約三億円。

同社は、三十三年三月に設立。主に日鋼室蘭の一次下請けとして、機械の製作や修理などで業務拡大を図ってきたが、近年の鉄鋼不況などから受注が大幅減少、数年前の年商約四億円が五十九年三月期決算では二億八千万円に落ち込んでいた。同社は営業を続行しており、関係機関も支援の方針を打ち出している。

北海道新聞
1984/06/12
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1984年6月 9日 (土)

(有)遠藤興機[美幌町]

破産宣告(昭和59年(フ)第4号)

(有)遠藤興機(網走郡美幌町字三橋町2丁目1番地)は6月9日、釧路地裁網走支部から破産宣告を受けた。

破産管財人は永井哲男弁護士(北見市)。

債権届出の期間は昭和59年7月20日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和59年8月20日午後1時30分。

1984/07/02
釧路地方裁判所網走支部

1984年6月 5日 (火)

新栄運輸(株)[旭川市]

新栄運輸は和議申請

【旭川】貨物自動車運送業の新栄運輸(本社・旭川、野口政勝社長、資本金二千万円)は五日、旭川地裁に和議を申請、事実上倒産した。民間信用調査機関の帝国データバンク、東京商工リサーチ両旭川支店によると、負債総額は二億五千万円。

同社は五十一年十月に設立。五十九年三月期には三億一千万円の売上高があったが、昨年六月に六千万円を投じて設備した社屋や自社用給油設備の建設資金の返済などが重荷になって行き詰まった。

北海道新聞
1984/06/06
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1984年6月 1日 (金)

(株)北央ビケン[札幌市]

破産宣告(昭和59年(フ)第355号)

(株)北央ビケン(札幌市北区新川2条12丁目1番23号)は6月1日、札幌地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は小寺正史弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和59年7月10日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和59年8月27日午後3時。

1984/06/21
札幌地方裁判所民事第四部

(株)ホテル香取[札幌市]

定山渓のホテル香取が倒産 負債総額は8億円

札幌・定山渓温泉の中堅ホテル「ホテル香取」(資本金一千万円)は一日までに、札幌地裁に会社整理を申請、財産保全命令が出され事実上倒産した。民間信用調査機関の帝国データバンク札幌支店によると、負債総額は八億円。

同社は昭和二十九年の創業。五十三年春には本館増改築と新館が完成、収容人員二百五十人のホテルに生まれ変わったが、定山渓温泉の地盤沈下から五十六年六月期の年商三億千百十五万円をピークにジリ貧になったうえ、設備負担過重などで行き詰まった。

北海道新聞
1984/06/02
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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