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1983年9月

1983年9月30日 (金)

(株)木下組[陸別町]|(有)高倉組[陸別町]

陸別の土建2社が事実上の倒産

【陸別】十勝管内陸別町東一ノ一、土建業木下組(資本金千六百万円、従業員二十人)と同町東一ノ二、建築業高倉組(資本金二百万円、従業員十五人)の二社は、それぞれ約三千万円の不渡り手形を出し、主力金融機関の帯広信金陸別支店が口座を解約、四日までに事実上倒産した。

同支店などによると負債額は確定できないが両社あわせて三億円以上にのぼるものとみられている。原因は木下組が放漫経営から手形を乱発、高倉組はその関連で経営が行き詰まったらしい。

また両社が工事中の町関連の道路、建物六件について同町は工事完成保証人に工事を継続させ工期内に完成させるよう手続きをとった。

北海道新聞
1983/10/05
http://www.hokkaido-np.co.jp/

札幌地区骨材共販(協)[札幌市]

札幌骨材共販協組 理事長が手形乱発、倒産 3億円余、自分の会社に

道内大手の砂利採取会社が加盟している札幌地区骨材共販協同組合(札幌市中央区南一西一〇、出資金八千二百万円、二十八社加盟)で、同協組の理事長が独断で三億三千万円にのぼる融通手形を乱発、自分が経営する会社の運転資金に充てていた疑いが強まり、すでに理事会に辞任届を出していることが、明らかになった。同協組理事会は一日までに、この理事長に背任の疑いがあるとして札幌地検に告発状を提出した。同協組はこの手形乱発が原因で先月三十日、事実上倒産に追い込まれた。

背任で告発へ 理事会

融通手形を乱発したとされる理事長は道内最大手の砂利採取会社で八月中旬に倒産した「富士開発興業」(本社・札幌市北区北一二西四、資本金二千万円)の林克紀社長。

告発状や理事会関係者の話しによると、問題の融通手形は計七通で額面合計約三億三千万円。林理事長は同興業が建設不況に伴う需要不振から資金繰りに行き詰まったため、理事会の承認を得ないで今年四月ごろから数ヵ月にわたって勝手に融通手形を振り出し、同興業や関連会社の運転資金に充てていた、とみられる。しかし、こうした資金調達にもかかわらず、同興業は八月十七日、負債総額六十七億円を抱えて事実上倒産した。

同興業が倒産したあと、同協組内部で不正を指摘する声があり、理事会で帳簿類を調べた結果、手形の一部が無断で振り出されている事実がわかった。

林理事長は倒産直後に理事会に辞任届を提出したが、理事会は事実関係の確認や、責任追及のため、保留扱いにしている。告発状の提出を受けた札幌地検は、近く正式受理するかどうか、扱いを決める。

同協組は五十四年に砂利などの共同販売を目的に、林理事長らが中心になって石狩管内当別町や札幌市内の大手砂利採取業者が集まり設立された。最盛期には年商十億円の業績をあげたが、需要の不振と過当競争のため経営が悪化。さらに加盟社の同興業の倒産後、先月三十日、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額は約四億円(帝国データバンク札幌支店調べ)。

林理事長は心臓病の悪化を理由に札幌市内の病院に入院中といい、その後、同協組では連絡がとれていない。同興業関係者は「告発のウワサは以前から聞いているが、骨材協組の運営に携わっているのは社長だけで(背任の事実関係について)詳しいことはわからない」と説明している。

また、同興業が倒産後の八月二一日、同協組の青山茂雄常務理事(五八)が自殺したが理事会内部では、理事長の手形乱発を知り、経理担当者として責任を感じたのではないかとの見方が出ている。

北海道新聞
1983/10/02
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1983年9月29日 (木)

石狩地区骨材生産(協)/当別砂利共同生産[当別町]

富士開発関連 2社が連鎖倒産 石狩地区骨材と当別砂利

帝国データバンク札幌支店によると、砂利共同購買の石狩地区骨材生産協同組合(石狩管内当別町、林克紀理事長、出資金八千七十万円、十四社)と砂利採取の当別砂利共同生産(本社・札幌、林克紀社長、資本金一億円)はそれぞれ二十九日までに二回目の手形不渡りを出し、事実上倒産した。負債総額は石狩地区骨材生産協組が十億円、当別砂利共同生産が七億五千万円の見込み。十六日に事実上倒産した砂利採取大手の富士開発興業(本社・札幌、林克紀社長)の連鎖倒産道内一、二号。

石狩地区骨材生産協組は昭和三十九年十月、当別砂利協組として細川悦郎氏が設立、四十三年三月に林氏が代表を引き継いで商号を変更した。当別川の青山・弁華別地区で採取した砂利を売買し昨年十二月期は取扱高十六億一千万円を上げたが、最近は富士開発グループの資金操作に組み込まれ、商品も関連会社間の帳簿上だけで売買されていたとみられ、富士開発興業の破たんで六億五千万円の焦げつきが出た。林氏は理事長辞任を申し出ている。

一方、当別砂利共同生産は五十三年十月、富士開発興業の骨材生産会社として設立、五十四年春に当別町弁華別の当別川にあり、休業中だった中道砂利を買収し、約十億円でプラントを設置し操業に入ったが、納入先は富士開発興業と関係先に限定されてフル稼働出来ず低迷、設備償却が過大で赤字が累積、資金繰りを依存していた富士開発興業が破産したため、休業状態になっていた。

北海道新聞
1983/08/29
http://www.hokkaido-np.co.jp/

道内建設(株)[旭川市]

道内建設が倒産 負債7億5千万円

【旭川】帝国データバンク旭川支店によると、土木工事業の道内建設(伊藤博社長、資本金一千五百万円)=旭川市東鷹栖東二ノ六=は二十九日、旭川地裁に和議を申請、保全命令が出て事実上、倒産した。負債総額は七億五千万円の見込み。

同社は二十八年に個人営業としてスタート、四十四年に法人組織に改めた。五十三年に旭川市内に運輸会社、同社恵庭支店に修理工場、さらに五十五年には旭川市内に修理工場とガソリンスタンドを設立するなど規模を拡大、五十六年には系列会社あわせて三社で十二億円の年間売り上げがあった。しかし、五十五年から五十六年にかけて多額の焦げつきが生じ、債務保証した系列二社は保証弁済が重圧となって昨年十月に行き詰まり、その後、親会社の同社が債務を引き受けて営業を続けたが、業績が好転せず、資金が行き詰まった。

北海道新聞
1983/09/30
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1983年9月27日 (火)

(株)旅テル市川[釧路市]

「旅テル市川」倒産 負債13億円

帝国データバンク釧路支店によると、釧路市南大通五ノ一ノ一、旅館・賃貸マンションの旅テル市川(高田定之助社長、資本金三百万円)は二十七日までに二度の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額は約十三億円。

同ホテルは阿寒湖畔のホテル市川の代表であった高田社長が昭和四〇年に釧路市に進出して営業を始め、五四年七月にはホテル兼賃貸マンションを新築して現在に至っているが、マンション部門が比較的順調だったのに対してホテル部門は競争激化のため売り上げ不振に陥った。

なお関連企業のホテル市川(阿寒湖畔)には影響はないもよう。

北海道新聞
1983/09/28
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1983年9月21日 (水)

(有)札幌金型[札幌市]

和議開始(昭和58年(コ)第10号)

(有)札幌金型(札幌市西区発寒16条13丁目3番55号)は9月21日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は田中敏滋弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和58年10月20日まで、債権者集会の期日は昭和58年11月22日午後2時。

1983/10/11
札幌地方裁判所民事第4部

1983年9月14日 (水)

(株)ホンマ[函館市]

紳士服のホンマが和議申請 負債7億円

【函館】紳士服専門店のホンマ(本社・函館、本間竹松社長、資本金二千六百二十万円)が業績悪化から十四日、函館地裁に和議を申請して事実上倒産し、同地裁は財産保全を命令した。負債総額は約七億円。

同社は昭和三十四年設立。紳士服やジーンズ、アクセサリーの専門店として業績を伸ばし、五十年代前半は本州大型店の函館進出に備えて計八店舗を構えるなど拡大策をとった。民間信用調査機関の東京商工リサーチ函館支店によると、五十四年一月期には売上高八億三千五百万円とピークに達したが、五十五年秋口の大型店開店やその後の消費不況で業績は低迷。店舗開設投資の負担も重くなり、今年一月期には売上高七億六百万円、二期連続赤字決算となった。

本間社長は「債権者の協力を得られれば不採算店の整理などで再建への道を開きたい」と話している。

北海道新聞
1983/09/15
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1983年9月 5日 (月)

北拓ハウス(株)[室蘭市]

北拓ハウス事実上倒産 室蘭の準大手 負債総額13億円以上

民間信用調査機関の帝国データバンク室蘭支店によると、住宅建売業の北拓ハウス(本社・室蘭、資本金四千万円)は、五日に二度目の不渡り手形(千六百万円)を出し、事実上倒産した。負債総額は約十三億四千万円とみられる。

同社は、四十九年七月北拓緑地開発として設立。五十年六月に北拓ハウスに名称変更した。持ち家ブームに乗って住宅の建売部門のほか、不動産部門にも業務を拡大、これまでに同市内を中心に約八百戸の建売住宅を建設し、西胆振地方でも準大手の地位を築いた。しかし、最近の不況や顧客ニーズが建売住宅から注文住宅に移ったことなどから、売り上げは五十八年三月期決算で十一億千九百万円と五十六年三月期に比べ五億五千万円も落ち込み、経営に行き詰まった。東京商工リサーチ室蘭支店の調べでは、負債総額は約十八億円としている。

北海道新聞
1983/09/06
http://www.hokkaido-np.co.jp/

(株)北成[留萌市]

留萌の北成も

【留萌】民間信用調査機関の帝国データバンク、東京商工リサーチ両旭川支店によると、土建資材卸しの北成(本社留萌、資本金五百万円)は五日、二回目の不渡り手形を出し事実上倒産した。負債総額は二億円の見込み。

北成は昭和五十一年二月創業、金物、鋼材、土建資材を扱い、五十四年十二月期には八億七千五百万円の売上高を計上したが、その後不況の影響で売り上げが落ち込み、信用不安などが重なり、資金繰りに行き詰まった。

北海道新聞
1983/09/06
http://www.hokkaido-np.co.jp/

富士生コン工業(株)/石狩採石工業(株)[石狩町] /富士建材運輸(株)[札幌市]

富士開発興業 関連倒産、また三社 負債の総計、百億円超す

民間信用調査機関の帝国データバンク札幌支店によると、八月に事実上倒産した砂利採取大手の富士開発興業(本社・札幌)の関連企業で生コン製造の富士生コン工業(本社・石狩管内石狩町、資本金一億円)、骨材運搬の富士建材運輸(同・札幌、同三千万円)、採石、加工の石狩採石工業(同・石狩町、同一千万円)はそれぞれ五日までに二回目の手形不渡りを出し、事実上倒産した。負債額は三社合わせて十九億円に上る見込み。これで富士開発グループの倒産は五社一組合、負債総額は百四億円になる。

富士生コン工業は同興業の生コン会社として五十四年四月に設立。五十五年八月までに約十一億円をかけプラントを設置したが、赤字が累積、資金繰りを同興業に依存していた。負債額は十三億円。

富士建材運輸は四十七年三月に同興業の生コン製造部門を目的に富士建材工業として設立したが計画倒れで休眠。四十八年十二月に同興業の運送部門を引き継ぎ再開したが、赤字を続け、同興業の関連で倒産。負債五億円。石狩採石工業は石狩湾新港開発に伴う骨材需要を見越し四十八年三月に設立されたが、親会社の金融窓口に利用され、採石と加工を細々と行う程度だった。負債は一億円と推定されている。

北海道新聞
1983/09/05
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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