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1982年12月

1982年12月27日 (月)

滝上林産工業(株)[滝上町]

滝上林産工業が事実上倒産

【紋別】民間信用調査機関の帝国データバンク北見支店によると、網走管内滝上町の滝上林産工業(資本金六百万円)は二十七日までに、二回目の不渡りを出し、事実上倒産した。負債額は五億五千八百万円。

昭和二十二年に設立された同社は、製材、割りばしの滝美工場、単板、チップの栄町工場を持ち、五十五年には年間九億五百六十七万円の売り上げがあったが、その後、木材市況の低迷から、五十六年には年商七億三千四百五十七万円まで落ち込んだ。今年六月には公害問題で滝美工場を移転し、業績はさらに悪化、今月十七日に一回目の不渡りを出し、十八日付で八十五人の従業員を全員解雇、操業もストップさせた。

北海道新聞
1982/12/28
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1982年12月24日 (金)

ダンレイ(株)[札幌市]

破産宣告(昭和57年(フ)第4号)

ダンレイ(株)(札幌市豊平7条12丁目179番地)は12月24日、札幌地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は小寺正史弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和58年1月31日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和58年2月28日午後1時30分。

1983/01/13
札幌地方裁判所民事第四部

1982年12月22日 (水)

(株)マルセイ[札幌市]

和議開始(昭和57年(コ)第7号)

(株)マルセイ(札幌市豊平区清田153番地)は12月22日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は鷹野正義弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和58年2月10日まで、債権者集会の期日は昭和58年3月7日午後1時30分。

1983/01/13
札幌地方裁判所民事第四部

1982年12月18日 (土)

(有)朝倉組[旭川市]

木造建築の朝倉組倒産

【旭川】民間信用調査機関の東京商工リサーチ、帝国データバンク両旭川支店によると、旭川市内の木造建築業、朝倉組(資本金二百万円)=旭川市八ノ二二=は二十日までに二回の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額は二―三億円にのぼる見込み。

朝倉組は昭和二十六年創業、五十一年一月、法人に改組、木造一般住宅の建築を主に手がけていた。しかし、今期は前期並みの受注実績を上げたものの、採算割れ工事の続出と回収ズレ込みで資金繰りに行き詰まった。

北海道新聞
1982/12/21
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1982年12月14日 (火)

(有)道央共栄社[滝川市]

破産宣告(昭和57年(フ)第79号)

(有)道央共栄社(滝川市江部乙町西12丁目5番17号)は12月14日、札幌地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は品川吉正弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和58年1月22日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和58年2月28日午後3時。

1982/12/22
札幌地方裁判所民事第4部

1982年12月13日 (月)

合建ブロック(株)[恵庭市]

合建ブロック事実上倒産 約3億5千万円の負債

【恵庭】建築用ブロック製造の合建ブロック(本社・恵庭市、資本金二千万円)は十七日までに二度、不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額は約三億五千万円になる見込み。

民間の信用調査機関の帝国データバンク苫小牧支店によると、同社は三十八年、個人経営で設立され四十年に法人化。五十六年には工場、事務所を新築し、建築用ブロックを製造していたが、不況により売り上げが減少、経営的に行き詰まった。

北海道新聞
1982/12/18
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1982年12月10日 (金)

(株)入舟工作所[釧路市]

破産宣告(昭和57年(フ)第13号)

(株)入舟工作所(釧路市星が浦南1丁目4番9号)は12月10日、釧路地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は塚田渥弁護士(釧路市)。

債権届出の期間は昭和58年2月16日まで、第1回の債権者集会の期日は昭和58年1月12日午後1時30分、債権調査の期日は昭和58年3月16日午後1時30分。

1982/12/21
釧路地方裁判所

(株)ワイ・エス・ケイ・カンパニー[静内町]

ワイ・エス・ケイカンパニーが倒産 社長失跡、負債5億円

【静内】農業資材の販売、施工のワイ・エス・ケイ・カンパニー(本社・静内、資本金四百万円)は十八日までに不渡り手形を出し、山本社長が失跡して事実上倒産した。負債総額は五億円前後にのぼるものとみられ、日高管内では今年最大の倒産となる。

東京商工リサーチ苫小牧支店によると、同社は五十年五月設立、日高管内の農協を対象に農業資材の販売、施工をしていたが、自己資金が不十分なうえ業績不振も加わり行き詰まった。債権者は札幌、日高一円に広がっている。

北海道新聞
1982/12/18
http://www.hokkaido-np.co.jp/

(株)マルケン山田組[札幌市]

和議開始(昭和57年(コ)第8号)

(株)マルケン山田組(札幌市南区北ノ沢172番地16)は12月10日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は太田勝久弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和58年1月31日まで、債権者集会の期日は昭和58年2月21日午後1時30分。

1982/12/20
札幌地方裁判所民事第4部

1982年12月 2日 (木)

北海道コンクリート工業(株)[沼田町]

道コンクリート工業が倒産 二度目の不渡り 負債3億8千万円余

【旭川】民間信用調査機関の帝国データバンク旭川支店によると、空知管内沼田町の窯業・コンクリート製造業の北海道コンクリート工業(資本金八千万円、堀信昭社長)=同町緑町一=は、このほど二回目の不渡り手形を出し事実上、倒産した。負債総額は三億八千二百万円になる見込み。

同支店によると、同コンクリート工業は二十六年十二月、各種窯業製品の製造を狙いに沼田煉瓦(れんが)工業の商号で発足。四十一年に現商号に変更、四十八年には空知管内由仁町に三川工場を新設、コンクリート製品製造に切り替え、五十四年十二月期には五億五千九百七十七万円の売り上げを示した。しかし、五十四年四月、本社工場が火災を受け、その後相次ぐ設備投資を行って来たところへ不況が重なり、五十六年十二月期は四億二千七百万円に売り上げがダウン。今年十月に三川工場を手放したが、乗り切れず行き詰まった。

北海道新聞
1982/12/02
http://www.hokkaido-np.co.jp/

(株)エー・ビー・シーエンタープライズ[苫小牧市]

苫小牧の家具販売 エー・ビー・シーエンタープライズが倒産

【苫小牧】家具販売、内装仕上げ工事のエー・ビー・シーエンタープライズ(本社・苫小牧市、従業員十人)がこのほど不渡り手形を出し、市内錦岡の店舗を閉鎖し、事実上倒産した。

同社は昭和四十四年に家具販売と内装工事を柱に個人創業し、四十七年に株式会社エー・ビー・シーインテリアとして法人化、五十二年三月に現在の商号に変更した。最近の不況で業績が伸び悩み、過大な投資による負担も足かせとなり、経営が行き詰まった。負債額は東京商工リサーチ苫小牧支店調べで約二億円、帝国データバンク苫小牧支店調べで約一億二千万円となっている。

北海道新聞
1982/12/04
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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