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1981年2月

1981年2月26日 (木)

(株)道林[札幌市]

木材卸しの道林が倒産 負債14億円

民間信用調査機関の帝国興信所札幌支店、東京商工リサーチ道支社によると、木材卸売りの道林(本社・札幌、資本金二千万円)は二十七日までに二回の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債は約十四億円に上る見込み。

同社は五十一年に設立され、木材卸しの中堅企業として五十五年四月期で年商三十億円台の業績を上げていた。しかし昨年秋ごろから経営が悪化したうえ、同年十一月に倒産した小樽の岩谷木材に対して一億四千万円の債権が焦げ付くなど、資金繰りが極度に悪化し、行き詰まった。

東京商工リサーチ道支社によると、同社の倒産で今年の木材、木製品関連の倒産は二十四件、負債額合計百八億二千万円になった。

北海道新聞
1981/02/27
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1981年2月23日 (月)

太陽美健(株)[札幌市]

和議開始(昭和55年(コ)第15号)

太陽美健(株)(札幌市豊平区平岸2条9丁目5番22号)は2月23日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は冨岡公治弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和56年4月6日まで、債権者集会の期日は昭和56年4月24日午後2時。

1981/03/12
札幌地方裁判所民事第四部

1981年2月19日 (木)

(株)北海道丸福水産[札幌市]

道丸福水産が倒産 負債子会社と合わせ30億円

民間信用調査機関の帝国興信所札幌支店、東京商工リサーチ道支社によると、水産加工の北海道丸福水産(本社・札幌、資本金二千二百万円)は業績不振に加えて、提携先のウェル(本社・横須賀)が一月末に約四十億円の負債を抱えて倒産したことも引き金となって、十九日までに二回の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債額は十数億円の見込み。また子会社の丸福商事(本社・札幌、資本金一千万円)も十八日に一回目の不渡り手形を出しており、両社合わせての負債は約三十億円に上る見込み。

丸福水産は四十三年に東京の丸福水産札幌工場を受け継いで設立、タラカスづけ、酢ダコなどを製造、売上高を年率一五%程度伸ばし五十四年三月期には三十四億円の売り上げを記録した。

しかし、五十二年の二百カイリ以降、原魚高騰と製品価格の下落により、採算が悪化したうえに、五十四年十一月には百%出資子会社の丸福商事が契約したカナダ産マツイカの輸入で入荷遅れや不良品の混在により約二億円の損害を受けた。さらに昨年九月に提携したウェルが倒産したため、原魚を入手出来なくなり、工場は一時休業に追い込まれ、また多額の前渡手形を振り出していたため、資金手当てに詰まった。

水産加工業者の倒産としては本道では、五十五年四月の北市(本社・釧路、負債総額六十億円)に次ぐ大型倒産。

北海道新聞夕刊
1981/02/19
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1981年2月16日 (月)

山下木材(株)[滝川市]

山下木材(滝川)が倒産 債権焦げつき負債16億 単板の中堅

【滝川】民間信用調査機関の帝国興信所札幌支店によると、合板の素材(単板)メーカーでは、道内4位の山下木材(本社・滝川市、山下菊太郎社長、資本金四千百八十万円)が、販売不振、取引先の倒産などのあおりをうけて経営が行き詰まり、十六日までに二回、合計三千五百万円の不渡りを出して事実上倒産した。負債総額は十六億円近くになる見込み。

同社は昭和二年の創立で、大阪にも工場を持ち、合板素材を中心にピーク時の五十一年には売上高四十四億円を記録した。しかし、総需要抑制などのあおりで五十二年以降は次第に業績が悪化し、特に住宅着工が激減した五十五年十二月期は売り上げが二十億円前後に落ち込んだ。

この間、五十五年八月に大阪府岸和田市の工場を売却し、同府美原町で約六億五千万円を投じて工場を新設、合理化を図ったが、五十五年十月に倒産した小樽の合板メーカー、宮田産業に対する債権焦げ付きなどが重なって、窮地に追い込まれていた。

さらに最近は、十六日に二回目の不渡り手形を出した系列下の石塚木材工業(十勝管内新得町)の経営悪化と、融通手形の代払いを迫られ、行き詰まった。

同社の山下社長は三十二年から滝川商工会議所会頭を務めたことがあるほか、現在は傍系の山下商事、山下倉庫、滝川自動車工業などの役員をしている。

北海道新聞
1981/02/17
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石塚木材工業(株)[新得町]

系列の石塚木材も 新得 負債総額4億5千万

【新得】十勝管内新得町の製材業「石塚木材工業」(石塚重雄社長、資本金八百万円)は十六日、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。民間信用調査機関の調べによると、負債額は約四億五千万円に上ると見られる。

同社は二十三年創業、二十八年株式会社に改組した。製材業のほかチップ、オガタン製造も手がけ、新得地区では有力企業だが、無理な事業拡大を図ったことが裏目に出て五十年ごろから不振に陥った。このため主な取引先である滝川市の山下木材から役員、資金面の支援を受けていたが、業績は好転せず、山下木材自身苦境にあえいで今年初めに支援を打ち切り、経営が行き詰まった。

北海道新聞
1981/02/17
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1981年2月14日 (土)

(株)ふるさと十勝[帯広市]

「ふるさと十勝」倒産

【帯広】帯広で雑誌出版、外食産業などを営む株式会社「ふるさと十勝」(阿部哲也社長、資本金三千八百万円)は十四日、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。民間の信用調査機関の調べによると負債総額は一億八千万円にのぼるとみられている。

同社は五十二年設立、ユニークなタウン誌「ふるさと十勝」(月刊)や同別冊「北海道冬の旅」などを発行する一方、ハンバーガー店「デーリークイーン」の道内営業権を得て、帯広、札幌などで五店を経営、さらにスウェーデン製電気掃除機の道内代理店だった。このうち出版、ハンバーガー部門を中心に赤字がかさんだ。

同社はすでに昨年十一月ごろから経営を改善するためこれら三部門をそれぞれ分離独立、または他会社への吸収を進めており、営業は現状通り続ける方針で、「ふるさと十勝」の発行も続けて行く、という。

北海道新聞
1981/02/15
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1981年2月 9日 (月)

みゆき商事(株)[小樽市]

みゆき商事(小樽)が事実上倒産 負債八億三千万円

【小樽】婦人物衣料の道内中堅商社、みゆき商事(本社・小樽市、資本金一千万円)は九日午前、札幌地裁に和議申請し、負債八億三千万円を抱えて事実上倒産した。

民間信用調査機関、東京商工リサーチ小樽支店の調べによると、同社は三十一年二月に設立され、全道を商圏に手編み毛糸、婦人セーターを販売。四十年代半ばからはブラウス、スカート、スラックスなどアウトウエアを主力商品とし、年商は七億二千万円(五十五年七月期)に上った。

しかし、最近、大手メーカーの商品に押されて売り上げが不振となったほか、取引先の小売業者の倒産、業績不良によって多額のこげつき債権を抱え、経営が行き詰まった。

なお、同支店によると、同社の子会社の小売商社二社(いずれも本社・小樽市)も九日までに経営危機が表面化しており、グループ三社の負債総額は九億円余に上るものとみられている。

北海道新聞夕刊
1981/02/09
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1981年2月 4日 (水)

ヤマサ工業(株)[妹背牛町]

ヤマサ工業が和議申請 事実上の倒産

【深川】東京商工リサーチ旭川支店によると、道北のストーブメーカーのひとつ、ヤマサ工業(空知管内妹背牛町妹背牛、増谷襄二社長、資本金五千二百二十七万円、従業員九十人)は四日、旭川地裁に和議申請、五日に保全命令を受け、事実上倒産した。負債総額は約八億円とみられている。

同社は二十七年に設立され、農機具、石炭ストーブ製造から石油ストーブメーカーに移行、五十二年末決算では十億円の年商を上げていた。しかし、大手メーカーとの競合で販売力が低下、さらに石油事情の悪化が追い打ちをかけ、五十四年十二月期の売り上げは約五億円に落ち込んだ。五十五年度は新製品のポット式省エネタイプのストーブを出したが、思うように伸びず、約三億円の在庫を抱えて資金繰りが行き詰まった。

北海道新聞
1981/02/06
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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