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1981年1月

1981年1月30日 (金)

(有)小木建設工業[小樽市]

破産宣告(昭和56年(フ)第1号)

(有)小木建設工業(小樽市信香町1番21号)は1月30日、札幌地裁小樽支部から破産宣告を受けた。

破産管財人は西川哲也弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和56年2月28日まで、第1回の債権者集会の期日は昭和56年2月26日午前10時、債権調査の期日は昭和56年3月19日午前10時。

1981/02/10
札幌地方裁判所小樽支部

1981年1月28日 (水)

樫山運輸(有)[札幌市]

樫山運輸(札幌)が事実上倒産

運輸、土木業の札幌市中央区南二九西一一、樫山運輸(資本金五百万円)は二十八日、札幌地裁に和議を申請、二十九日、財産保全命令が出て事実上倒産した。

帝国興信所札幌支店、東京商工リサーチ道支社によると、同社は三十七年設立、運輸、土木部門で最近の年商は十一億円に達していた。しかし、昨年九月に倒産した札幌の土木業者にコゲつき債権が生じて信用不安が高まり、一月以降の手形決済に行き詰まった。負債総額は五億円程度になる見込み。

北海道新聞
1981/01/30
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1981年1月26日 (月)

高辰冷蔵(株)[根室市]

根室では高辰冷蔵が倒産

【根室】根室の中堅水産加工会社の高辰冷蔵(本社・根室市駒場町三ノ一一、資本金一千五百万円、従業員十二人が二十六日、二回目の不渡り手形(額面四百五十万円)を出し、事実上倒産した。負債総額は十七億円に上り、根室では昨年三月の水産資材会社「柴野商店」(負債総額二十二億円)に次ぐ大型倒産。また、同社の原魚買い付け窓口の北浜冷蔵会社(同・同市北浜町一ノ一四、同五百万円)も二十三日から操業を停止している。

帝国興信所と東京商工リサーチ両釧路支店と食品興信所などによると、同社は四十年十二月に設立、春サケ・マスを主体に秋サケ、サンマ、コマイの一次加工を行い、札幌や東京、関西方面に販路を持って業績を伸ばし、五十四年度四十二億四千万円、五十五年度二十八億五千万円を売り上げ、利益も一千―二千万円を計上していた。

しかし、実際は二百カイリ宣言後の原魚高と魚離れによる消費地の魚価安で欠損を出したうえ、冷蔵庫の火災(五十四年)で二億円を損失、その後取引先の不良債権をかぶって行き詰まり、二十四日に一回目の不渡り(額面七百九十万円)を出した。

北海道新聞
1981/01/27
http://www.hokkaido-np.co.jp/

(株)マルコウ家具[旭川市]

マルコウ家具も倒産 旭川・福多木材の関連

【旭川】東京商工リサーチ旭川支店によると、旭川の家具メーカー、マルコウ家具(旭川市豊岡三ノ四、資本金一千万円)は二十六日に一回目の不渡り手形を出したあと三十人の従業員を解雇して内整理に入り、事実上倒産した。負債総額は二億五千万円とみられている。

同社は先に倒産した旭川市内の福多木材工業、旭川銘単の関係者が五十四年に設立、サイドボードなどを主体に生産を続けてきたが、主力仕入れ先だった福多木材工業、旭川銘単両社への融通手形五千八百万円が焦げつき行き詰まった。

北海道新聞
1981/01/28
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1981年1月23日 (金)

(株)北市工務店[旭川市]

旭川で二社が倒産 繊維卸と土木建築会社

また、同市内の土木建築会社、北市工務店(市内東旭川町本町八五、資本金三百万円)は二十三日、旭川地裁に会社更生法の適用を申請、やはり事実上倒産。同支店によると負債総額は約一億円。同社は前社長の北市留五郎氏が四十四年に法人化して経営、五十五年三月期は官公庁工事を中心に年商三億円をあげていたが、昨年八月に前社長が急死したのに加えて、六千七百万円のマンション工事代金の焦げつきなどから追い込まれた。

北海道新聞
1981/01/27
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1981年1月20日 (火)

(株)長谷川工務店[旭川市]

福多木材連鎖倒産、また二社 細貝、長谷川両工務店

【旭川】民間信用調査機関の東京商工リサーチ旭川支店によると、七十億円の負債を抱えて十二月に事実上倒産した福多木材工業(本社・旭川)に関連して二十日、土木建築請負業、細貝工務店(本社・旭川市)と建築請負業、長谷川工務店(本社・旭川市、資本金五千万円)が二度目の不渡り手形を出し、それぞれ負債総額八千五百万円、七千七百万円で事実上倒産した。これで福多木材の連鎖倒産は五社となった。

細貝工務店は四十一年の創業。公共事業を中心に五十四年十二月期で四千万円余りの完工高を挙げていたが、創業当初から福多木材の支援を受けていた関係で同木材へ五千五百九十万円内外の融通手形を振り出し、これが倒産に結びついた。長谷川工務店は四十七年の設立で、一時は年商八千万円近くまでのぼったが、やはり支援を受けていた福多木材の倒産で四千八百万円内外の融通手形がこげつき、倒産した。

北海道新聞
1981/01/21
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(株)青木組[室蘭市]

青木組が倒産

【室蘭】民間信用調査機関の東京商工リサーチ、帝国興信所両室蘭支店によると、土建業の「青木組」(室蘭市日の出町三、青木茂男社長、資本金一千万円)は、二十日までに二度目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額は五億円で、西胆振ではここ一年半で最大規模。

同社は、室蘭、登別両市役所をはじめとする官公庁工事を主体に土木、管、水道工事などのほか、砕石も手がけていた。しかし、公共事業落ち込みなどによる業績不振に加え昨年十二月、四千九百万円近くもの不良債権が発生、経営が行き詰まった。同社は現在、関係先と善後策を検討中。

北海道新聞
1981/01/21
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函館鉄工造機(協)[函館市]

函館ドック関連受注協組 先細りの末、不渡り

【函館】昨年暮れ、事実上倒産した函館ドック有力下請けの函館工機などが組合員となっている函館鉄工造機協同組合(所在地・函館市若松町一〇ノ四、代表理事・成田勇司函館工機社長)が二十日、二回目の不渡り手形を出し、事実上“倒産”した。民間信用調査機関の東京商工リサーチ函館支店によると負債総額約七億円。

同組合は、函館ドックからの共同受注と組合員の資金調達などを目的として四十年三月に八社で設立された。その後、二社が倒産、三社が脱退。最後まで残っていた三社のうち、函館ドック有力下請けの田辺鉄工所が昨年九月に会社整理申請で事実上倒産、同年十二月には函館工機も会社更生法適用申請に至ったことから組合運営が行き詰まり、同月下旬に一回目の不渡り手形を出していた。

負債総額約七億円は、組合員企業が組合名で銀行借り入れした金融債務が中心。同組合は昨年春、函館市などの肝いりで発足した函館鉄工・機械関連企業受注対策委員会のメンバー。

北海道新聞
1981/01/21
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1981年1月16日 (金)

(株)小林鉄工所[釧路町]

和議開始(昭和55年(コ)第3号)

(株)小林鉄工所(釧路郡釧路町字別保原野南24線40番地19)は1月16日、釧路地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は加藤義明弁護士(釧路市)。

債権届出の期間は昭和56年2月28日まで、債権者集会の期日は昭和56年3月18日午後1時30分。

1981/02/10
釧路地方裁判所

1981年1月13日 (火)

(株)山田商店[旭川市]

旭川で二社が倒産 繊維卸と土木建築会社

【旭川】東京商工リサーチ旭川支店によると、旭川市内の繊維卸商社、山田商店(市内一ノ一〇、資本金一千万円)は十日に一回目の不渡り手形を出したあと十三日に債権者会議を開いて内整理に入り、事実上倒産した。負債は二億六千万円に上る見込み。同社は四十年に創業、四十三年に法人化して市内の旧まるせんデパート内に小売部、札幌支店を開設したが、金利圧迫と、販売先が弱小専門店が多かったため回収が長期化して資金繰りが困難になり、行き詰まった。

北海道新聞
1981/01/27
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1981年1月 5日 (月)

ユタカ産業(株)[名寄市]

ユタカ産業も連鎖倒産 負債総額は約八億円

【旭川】民間信用調査機関、帝国興信所旭川支店によると、七十億円の負債を抱えて事実上の倒産に追い込まれた福多木材工業(本社・旭川)に関連して、仕入れ、販売面で密接な取引関係にあるユタカ産業(本社・名寄市、資本金二千万円)は五日、二度目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。同支店の調べでは負債総額は約八億円。これで福多木材の連鎖倒産は三社となった。

同社は二十五年から株式会社名寄木工場として製材、素材販売を手がけていたが、五十一年七月に現社名に改称、五十二年には二億五千万円を投じて集成材工場を併設して事業拡大を図った。しかし五十三年六月期、五十四年六月期と赤字を出し、約一億一千六百万円の欠損を計上、この時は資産売却などで最悪の事態を回避したものの、今回、福多木材倒産のあおりを受けて行き詰まった。

北海道新聞
1981/01/06
http://www.hokkaido-np.co.jp/

(株)千葉集成材[幕別町]

幕別町の千葉集成材が倒産

【帯広】東京商工リサーチ帯広支店が七日発表したところによると、集成材の製造、販売業の株式会社「千葉集成材」=本社・十勝管内幕別町明野一四二、千葉恒夫社長、資本金四千万円=は昨年十二月三十一日と今年の一月五日の二回にわたって不渡り手形をだし、事実上倒産した。負債額は五億三千五百万円とみられる。

同社は昭和四十四年に創立。昨年の年商高は約二億円だったが、四十九年に工場設備で約三億円の先行投資をしたことや、最近の業績不振に加え、昨年暮れ、旭川の福多木材工業の倒産で、連鎖倒産したユタカ産業(名寄市)旭川銘単(上川管内東川町)への融資がこげついたのが引き金になって資金ぐりが急速に悪化、倒産に追いこまれた。

北海道新聞夕刊
1981/01/07
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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