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1980年12月

1980年12月31日 (水)

旭川銘単(株)[東川町]

ツキ板の旭川銘単連鎖倒産 負債20億円

【旭川】民間信用調査機関の帝国興信所旭川支店によると、昨年暮れ、七十億円の負債を抱えて旭川地裁に和議を申請し、事実上倒産した福多木材工業(本社・旭川)の系列会社、旭川銘単(本社・上川管内東川町、資本金三千万円)は昨年十二月三十一日に一回目の不渡り手形を出し、同日付で従業員五十人を解雇して整理にはいり、事実上倒産した。負債総額は約二十億円。福多木材の連鎖倒産は昨年末の旭合板(本社・上川管内上川町)に次ぎ二社目。

同社は四十八年に設立され、家具、化粧合板の表面材であるツキ板製造では道内でもトップメーカー。

北海道新聞
1981/01/06
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年12月30日 (火)

北斗電気(株)[函館市]

函館 北斗電気が倒産 負債総額は約25億円

【函館】家電販売の道内大手、北斗電気(本社・函館市若松町一六ノ三、竹内幸雄社長、資本金二千五百万円)は十二月三十日夜、函館地裁に会社更生法の適用を申請し、事実上倒産した。同地裁は三十一日、同社に財産の保全命令を出した。負債総額は約二十五億円に上る見込み。

東京商工リサーチ函館支店によると、同社は二十九年、船舶電気販売の北斗電気商会と家電販売、電気工事の北斗無線電機製作所を合併して設立。家電製品、特にオーディオを中心とした音響機器の需要急増の波に乗って業績を拡大、函館を中心に五十一年五月には苫小牧店を開業した。年商は五十五年一月期の決算で四十五億七千四百万円余だった。

経営が悪化し出したのは苫小牧出店後といわれ、七億円の設備投資が重荷になった。また、母体となる函館市内の三店舗(本店、五稜郭店、湯川店)の業績も伸び悩んだ。

五十五年八月に苫小牧店、十月には室蘭店を閉鎖、減量経営に転じたが、店舗開設と売却の差損が苫小牧店だけで三億五千万円も生じたほか、同市亀田地区に進出する大型店対策として六月に出店した鍛治町店も不振だった。十月には大手四メーカーが約二億円の資金を貸し付けるなどテコ入れを図ったが、及ばなかったという。

北海道新聞
1981/01/01
http://www.hokkaido-np.co.jp/

丸松旭合板(株)[上川町]

旭合板も 福多木材と連鎖

【旭川】合板製造・卸しの旭合板(本社・上川管内上川町、後藤七郎社長、資本金一千五百万円)は三十日、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。経営が行き詰まり二十五日に旭川地裁に和議を申請した福多木材工業に一億円の不良債権があり、連鎖倒産とみられる。民間の信用調査機関、帝国興信所旭川支店によると、負債総額は十一億円にのぼる見込み。

同社は昭和二十五年創業のベニヤ工場。四十一年に単板工場を集結して丸松旭合板と改称。四十六年東京支店を開設。五十四年十二月期(年一回)の売上高は十七億五千六百万円で経常利益二千三百万円を計上したが、四十八年の石油ショック後の欠損で資金不足が続き、同期も四千百万円の赤字繰越金があった。福多木材関連の倒産は同社が初めて。

北海道新聞
1981/01/01
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年12月27日 (土)

北岡砕石(株)[札幌市]

和議開始(昭和55年(コ)第7号)

北岡砕石(株)(札幌市南区川沿18条2丁目2086番地)は12月27日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は五十嵐義三弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和56年2月10日まで、債権者集会の期日は昭和56年2月27日午後1時30分。

1981/01/26
札幌地方裁判所民事第4部

1980年12月25日 (木)

福多木材工業(株)[旭川市]

福多木材(旭川)倒産 負債70億円

【旭川】旭川ではトップクラスの木材業者、福多木材工業(本社・旭川市北門町七、福多盛社長、資本金二千二百八十万円)は二十五日、旭川地裁に和議を申請、事実上倒産した。帝国興信所旭川支店によると負債総額は約七十億円で、道内では五十一年十一月に倒産した札幌の不動産業ユー・アンド・アイ・マツザカ(負債九十一億円)、今年六月の札幌、鋼材・建設資材卸のリョーユウ(同九十億円)に次ぐ史上三番目の大型倒産となった。

同社は福多氏が昭和十二年に経木製造を手がけて事業を拡大、二十三年に法人に改組。その後一般製材を主力に素材、チップ販売を行い、四十八年には売り上げ、収益とも大幅な伸びを示し、今年三月期決算でも四十八億円の売上高を記録していた。

ところが、今年に入り、木材市況の暴落で打撃を受けたほか、中国材八億円相当を買い付けするなどの強気の姿勢が裏目に出て、資金がひっ迫。八月以降換金目的のダンピングを行うなどの対策をとったが、十二月にはいって上川管内愛別町の大雪ベニア工業倒産で約六億円の不良債権発生。系列会社の整理で再起をはかったが、結局行き詰まった。

また、同社が融手を操作しているとみられることから連鎖倒産を憂慮した日銀旭川事務所、旭川財務部は二十六日午前、旭川市内の銀行、信金、政府系金融機関などと金融懇談会を開催、連鎖倒産防止と不況の木材業界を引き続き支援するよう要請した。日銀、財務部がこのような要請をしたのは極めて異例のこと。

北海道新聞夕刊
1980/12/26
http://www.hokkaido-np.co.jp/
 

フォト海道(道新写真データベース)
【写真説明】倒産で80人余りが解雇された福多木材工業 掲載 1981/03/22

 

1980年12月24日 (水)

(有)川崎鉄工所[芽室町]

芽室の農業用機械製造卸売業「川崎鉄工所」が和議申請 負債額は約21億円

【帯広】農業用機械製造卸売業の有限会社「川崎鉄工所」=本社・十勝管内芽室町、川崎正徳社長、資本金一千八百万円=は二十四日、釧路地裁帯広支部に和議を申請、事実上倒産した。負債額は約二十一億円に上るとみられる。十勝管内では五十二年九月の宮坂商事(負債額約二十二億円)に続く大型倒産。

民間信用調査機関の東京商工リサーチ帯広支店によると、同社は明治四十二年(一九〇九年)創設、豆刈り機を中心とした農機具製造で業績を伸ばし、ここ一、二年は水稲からの転作ブームに乗って本州方面までシェアを広げていた。

昨年十月芽室町東芽室の工業団地に約五億八千万円で新工場を建設したが、計画性に欠けていたうえ、信用不安から資金繰りが悪化、倒産に追い込まれた。債権者はこれまでに約百五十社に上っているもようだが、大半は管外、道外企業で、地元への影響は少ない見込み。

北海道新聞
1980/12/26
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年12月22日 (月)

札幌ダンプ運搬(企)[札幌市]

和議開始(昭和55年(コ)第10号)

札幌ダンプ運搬企業組合(札幌市白石区厚別町旭町598番地61)は12月22日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は善方正己弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和56年2月7日まで、債権者集会の期日は昭和56年2月24日午後3時。

1981/01/26
札幌地方裁判所民事第四部

1980年12月20日 (土)

旭川エヌイーシー商品販売(株)[札幌市]

特別清算開始(昭和55年(ヒ)第18号)

旭川エヌイーシー商品販売(株)(札幌市南区真駒内南町4丁目3番地6)は12月20日、札幌地裁から特別清算開始決定を受けた。

1981/02/10
札幌地方裁判所民事第4部

1980年12月15日 (月)

大雪ベニヤ工業(株)[愛別町]|木下木材(株)[旭川市]|尾形木材(有)[中川町]

深刻、道北地方の木材不況 倒産相次ぐ

【旭川】民間建築需要の落ち込みは木材業界に大きな影響を与えているが、道北地方では十二月に入ってから中小の木材業者が相次いで倒産、業界の不振が一気に表面化している。

十二月早々に行き詰まったのは大雪ベニヤ(上川管内愛別町、資本金一千万円)。三十八年に設立、ベニヤ合板を主体に生産を続け、五十四年度は年商六億円を超えていたが、販売競争の激化から採算面が悪化した。帝国興信所旭川支店によると負債額は約六億円。

また、十五日には木下木材(旭川市永山八、資本金五百万円)が二回目の不渡り手形を出して銀行取引停止となり、事実上倒産。東京商工リサーチ旭川支店によると、五十年の設立以来、木材販売で業績を伸ばし昨年は六億一千万円の年商を記録していたが、十一月に倒産した旭川市内の木材会社に関連した不良債権などから資金繰りが悪化していた。負債は約6億円とみられている。さらに、木下木材を主力取引先とする尾形木材(上川管内中川町、資本金二千五百五十五万円)も連鎖的に資金繰りが悪化。十日に二回目の不渡り手形を出して行き詰まった。東京リサーチ支店によると負債総額は約三億円。

北海道新聞
1980/12/17
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年12月12日 (金)

(株)アースウインド[札幌市]

破産宣告及び破産廃止(昭和55年(フ)第29号)

(株)アースウインド(札幌市中央区北4条西17丁目1番地)は12月12日、札幌地裁から破産宣告・破産廃止決定を受けた。

1981/01/14
札幌地方裁判所民事第四部

1980年12月 2日 (火)

(株)サンライフ北住[札幌市]

破産宣告(昭和55年(フ)第30号)

(株)サンライフ北住(札幌市中央区北2条西2丁目7番地)は12月2日、札幌地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は諏訪裕滋弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和56年1月20日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和56年2月17日午後1時30分。

1980/12/15
札幌地方裁判所第四部

1980年12月 1日 (月)

函館工機(株)[函館市]

函ドックの有力下請け 函館工機が倒産 負債16億円

【函館】函館ドックの有力下請けで船舶艤(ぎ)装、プレスサッシ部門では道内大手メーカーの函館工機(本社・渡島管内上磯町七重浜一ノ八ノ一、成田勇司代表取締役、資本金二千六百万円)が一日、函館地裁に会社更生法の適用を申請し、事実上倒産した。負債総額は十六億円にのぼる見込み。同地裁は同日午後、同社の財産の保全処分を決定した。

同社の申立書によると、造船不況による受注減で五十二年ごろから資金繰りが悪化、今月三十日が満期の総額七千九百三十三万円の支払い手形と、来年一月以降に満期が来る二億九千万円の支払い手形を落とす財源がないことをあげている。

同社は昭和十九年二月、函館製鋲として設立、同三十一年函館工機と改名し、函館ドックの下請け企業として業績を伸ばしてきた。同四十四年には上磯町の埋め立て地に約三万平方メートルの工場用地を取得、造船工場のほかプレスサッシ工場、鉄骨組み立て工場を新設し売り上げも同五十一年に十八億六千万円とピークに達した。しかし五十二年からの造船不況で函館ドックからの受注工事が大幅にダウン。五十四年の売り上げは十三億円まで落ち込んだ。

倒産の最大要因は、同社売り上げの五〇%を占めた函館ドックの仕事が一億円以下に落ちたことが挙げられるが、このほか連帯保証した地元の造船関連企業が相次いで倒産したことも負債を広げる原因となった。

北海道新聞
1980/12/02
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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