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1980年10月

1980年10月31日 (金)

(株)オクガワ/奥川木材産業(株)[小樽市]

小樽の大手製材卸売業 オクガワ倒産 系列の奥川木材も

【小樽】小樽市内の製材卸売業界の大手、オクガワ(本社・同市築港三ノ二、資本金一千五百万円)と同社系列の製材業、奥川木材産業(本社・同、資本金八百万円)の二社は十月三十一日午後、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。東京商工リサーチ小樽支店の調べだと、オクガワの負債総額は十億円、奥川木材は一億七千万円。

同リサーチ小樽支店によると、オクガワは四十五年十一月、奥川木材(二十四年六月設立)の製品販売会社として独立。南洋ラワン材を購入し、奥川木材で加工させて、同市内の大手合板メーカーや道央各地の木材業者に販売しており、年商は七億円余りに上る。

しかし、今年五月から、民間住宅の建設需要冷え込みで製品販売の不振に陥り、業績は急速に低下。その後も製品市況の悪化や不良債権の発生で経営が行き詰まった。

これに伴って、製材を受け持つ奥川木材もオクガワへの債権焦げつきなどで事実上の倒産に追い込まれた。

同市内では、九月に東宝木工グループ九社(負債三十六億円)、十月中旬には宮田産業(同二十二億円)と木材・木製品業者の大型倒産が続出。このため、小樽市、小樽商工会議所など地元関係機関は、業者の救済を目的に不況産業対策連絡協議会を設けて、運転資金の融資などテコ入れに乗り出した矢先だった。

北海道新聞
1980/11/01
http://www.hokkaido-np.co.jp/

岩谷木材(株)[小樽市]

岩谷木材も

【小樽】東京商工リサーチ小樽支店によると、小樽市内の中堅製材業者、岩谷木材(本社・同市入船二、資本金百万円、岩谷良司社長)は三十一日午後、二回目の不渡り手形を出し、負債六億五千万円を抱えて事実上倒産した。オクガワの連鎖倒産第一号。

同社は四十五年十二月の設立。主にラワン材を製材し、札幌地区の木材業者に販売しており、年商は六億円余り。設立以来、黒字経営を続けていたが、今春から製品の販売実績が急速に落ち込んでいたうえ、深い取引関係にあったオクガワの事実上の倒産によって債権がこげつき、行き詰った。

北海道新聞
1980/11/01
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年10月25日 (土)

(有)札幌もなみ建設[札幌市]

破産宣告(昭和55年(フ)第28号)

(有)札幌もなみ建設(札幌市南区石山81番地)は10月25日、札幌地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は太田三夫弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和55年11月30日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和55年12月23日午後1時30分。

1980/11/04
札幌地方裁判所第四部

1980年10月16日 (木)

(株)マルヱ川田商店[釧路市]

中堅建材販売・川田商店 事実上の倒産 負債7億円

【釧路】釧路市内の中堅建材販売会社、川田商店(川田春旭社長、資本金五百万円)=星が浦南三ノ五ノ一八=は十六日午後、釧路地裁に和議を申請、事実上倒産した。負債額は約七億円。同地裁は同日、財産保全命令を出した。

民間信用調査機関の帝国興信所、東京商工リサーチ両釧路支店の調べによると、同商店は住宅建築の落ち込みによる販売不振と売掛金の焦げつきで経営が行き詰まった。三十年の設立。今年二月期決算で約八億三千万円の売り上げ。従業員十五人。

北海道新聞
1980/10/17
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年10月15日 (水)

池田合板機械(株)[小樽市]

小樽の池田合板機械も

【小樽】民間信用調査機関、東京商工リサーチ小樽支店によると、道内唯一の単板・合板製作機械の専業メーカー、池田合板機械(本社・小樽市、資本金一千万円)は十六日までに二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額は一億五千万円。深刻な木材不況による製品の販売不振が原因となっている。

同社は四十九年七月に設立され、道内各地の単板・合板業界の機械製作、修理を手広く引き受けており、製品の一部は本州へも移出している。また、五十三年からはインドネシアへの製品輸出も開始し、年商一億四千万円前後の着実な業績を残していた。しかし、今春来の木材不況で製品受注が激減したうえ、輸出もスムーズに運ばず、経営が行き詰まった。

北海道新聞
1980/10/17
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年10月 6日 (月)

宮田産業(株)[小樽市]

合板フロアの道内最大手 宮田産業が倒産 小樽

【小樽】住宅向けの合板フロアメーカーとして、道内最大手の宮田産業(本社・小樽市、資本金九千五百万円、宮田豊太郎社長)は六日、札幌地裁に和議を申し立て、七日午後、財産保全命令を受けて事実上倒産した。負債総額は二十三億円。建築需要の極端な冷え込みによる製品販売の不振が原因で、製品のダンピング合戦など業界の混乱が続いていることから、事業を廃止する異例の“清算型”の和議条件を示している。

同社は三十一年の設立。小樽市と後志管内余市町に合わせて三工場を持ち、国内向けの合板フロア、台湾向けの化粧板を生産、販売している。大手商社を通じての強力な販売網、JAS(日本農林規格)工場にも指定された優秀な製品力で業績を伸ばし、年商二十三億円余の道内外トップメーカーに成長した。

しかし昨年来の民間住宅の需要落ち込み、さらに建築資材卸売商の買い控えなどが重なり、今年三月から主力製品の売れ行きが減少。加えて、八月ごろから本州大手メーカーの本道市場での製品投げ売りに遭い、業績は急激に低下、経営危機が表面化した。

メーンバンク・拓銀や大手取引先から支援の申し出があり、事業続行は可能な状態だったものの(1)製品ダンピングなどは業界の構造的な要因で改善の見込みがないこと(2)事業を続けても赤字累積を招くだけ―などの理由から和議申請―廃業に踏み切ることにした。

同社の“倒産”は、建築不振など厳しい経済情勢、業界の構造的な弱さなどに起因したものだけに、関係者には強い衝撃を与えそう。また宮田社長は、小樽商工会議所常議員を務めるなど地元経済界の重鎮であり、その活動をリードしていることから、与える影響は大きい。「金融筋、取引先の強力な支援で営業は続けられたが、業界の先行きに見通しが持てないうえ、債権者への迷惑を最小限に抑えるため事業から身を引くことにした」と同社長は話している。

北海道新聞
1980/10/08
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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