« 1980年3月 | トップページ | 1980年5月 »

1980年4月

1980年4月18日 (金)

栄工建(株)[滝川市]

破産宣告(昭和55年(フ)第1号)

栄工建(株)(滝川市明神町1丁目4番7号)は4月18日、札幌地裁滝川支部から破産宣告を受けた。

破産管財人は畠俊雄公認会計士(滝川市)。

債権届出の期間は昭和55年5月7日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和55年5月16日午後1時。

1980/04/26
札幌地方裁判所滝川支部

1980年4月17日 (木)

(有)高橋船舶工業所[函館市]

高橋船舶が事実上倒産 柴野商店に“連鎖”

【函館】東京商工リサーチ函館支店によると、函館ドックの下請け企業、有限会社高橋船舶工業所(本社・函館市、高橋英雄社長、資本金三百万円)は十七日までに二回の不渡りを出し、事実上倒産した。負債総額は二億円前後。同社は造船不況で“脱ドック化”をはかるため、独自に小型船舶の建造に乗り出して注目を浴びていたが、主要取引先である根室市の漁具、船舶機器販売商社、柴野商店が三月初め、釧路地裁に和議を申請して事実上倒産したことから経営が行き詰まったもので、同商店の連鎖倒産一号。

同社は四十三年に設立され、函館ドックの下請けとして約二十人の従業員を送り込んでいた。ところが造船業界の構造不況で函館ドックが経営危機に陥り、ここ一、二年仕事が回らなくなり、このため昨年七月、根室営業所を開設して独自に漁船を中心にした小型船舶の受注を始めた。その結果、昨年暮れまでに柴野商店を通じて十九トン型の漁船五隻の受注に成功したが、このうち三隻分が同商店の事実上倒産にあい、この受注額一億二千万円が焦げつき、経営が行き詰まった。

北海道新聞
1980/04/17
http://www.hokkaido-np.co.jp/

(株)北市[釧路市]

北市が事実上倒産 負債60億 道漁連支援打ち切りで

【釧路】道漁連などが出資している道内有数の水産加工会社、北市(本社釧路市星が浦大通五、資本金二億五千万円、小川伊三郎社長)は、十七日午後、釧路地裁に会社更生法の適用を申請、事実上倒産した。帝国興信所釧路支店の調べによると、負債総額は約六十億円、累積欠損金は二十億円を超えるものと見られている。道内ではこの四日、外食産業の大手、チャンピオンクックグループが四十億円の負債を出して倒産しているが、同社はこれを上回る今年最大の規模になる。

同支店によると、負債の内訳は道漁連二十六億円、三菱商事二十億円、市中銀行からの借入金二十四、五億円(いずれも概数)となっている。

北市は四十三年七月、釧路市内の水産会社「北文冷蔵」と「丸市松本水産」の二社の共同出資で、北市魚類協同組合として発足、四十七年九月、道漁連と三菱商事が資本参加し、株式会社北市としてスタートした。現在の従業員百八十人。

同社は、当初の冷蔵や魚かす製造から、五十年にはフィッシュミール(飼肥料)工場を増設するなど拡大策をとったが、このころから原魚価格の上昇と製品価格の低迷、過大投資による固定負債の圧迫から経営苦が強まった。さらに二百カイリ時代に入ってからは、操業率の大幅低下や売れ行き不振と価格の低迷などが経営を圧迫した。

同社は加工原魚の百%を道漁連を通じて購入、製品の全量をその共販ルートに乗せて販売する実質的な子会社で、漁連が巨額欠損金問題で危機に陥ってからは、漁連の再建計画の中で、北市に対する処置が焦点になっていた。しかし、道漁連はこのほど開いた再建委員会で、道漁連再建のため北市を含む関連企業の支援打ち切り方針を出し、これが倒産へのきっかけになった。

一方、同社は十七日午後までに、北市労組(白手一委員長、組合員百五十五人)と、正職員は四月二十一日から同月末まで、日給月給の形の工員に対して同日から五月二十日までの一カ月間、一時帰休(レイオフ)を実施する“休業案”の同意を取り付けた。この間の給与補償として、正職員は基本給の百%、工員は八五%支払う雇用調整給付の制度の適用を十九日、釧路職安に申請する考え。また、同労組は十八日、全員集会を開いて、今後の対策を協議する。

北海道新聞
1980/04/18
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年4月11日 (金)

(株)マルサン[札幌市]

破産宣告(昭和55年(フ)第5号)

(株)マルサン(札幌市白石区本郷通10丁目北1番地)は4月11日、札幌地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は岩本勝彦弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和55年5月24日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和55年6月10日午後1時30分。

1980/04/19
札幌地方裁判所第四部

1980年4月 7日 (月)

(株)渡辺商店[滝川市]

滝川の雑貨類卸売業者 渡辺商店が倒産

【滝川】民間信用調査機関の東京商工リサーチ滝川支店が九日明らかにしたところによると、滝川市新町の荒物、雑貨卸しの渡辺商店(資本金二百万円、渡辺弘社長)は、七日二度目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。同社の年商は約七億円で、負債総額は年商と同額程度とみられている。

同社は、昭和二十六年、小売りから卸売りに切り替え、日用雑貨、荒物のほか、電気製品も扱う空知地方のしにせ問屋。数年前から売り上げが伸び悩んでいたうえ、過重な金利負担がかかっていた、という。従業員は三十人。

北海道新聞
1980/04/10
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年4月 4日 (金)

(株)チヤンピオンクツク札幌[札幌市]/キヤプテンクツク(株)[函館市]

まさに戦国時代― 外食産業またダウン

函館、札幌など道内各地に合計百八十店余りのレストラン、総菜店を構える道内外食産業大手「チャンピオンクック」グループの「キャプテンクック」(本社・函館市、柳沢和昭社長)と「チャンピオンクック札幌」(本社・札幌市、柳沢和昭社長)の二社が四日、それぞれ函館、札幌両地裁に商法に基づく会社整理を申請、事実上倒産した。

道内大手「チャンピオンクック」負債40億 会社整理を申請

民間信用調査機関によると、過大な設備投資をしたうえ利用客の減少で売り上げが落ち込み、同グループの数の上での急成長で管理面の弱さも表面化した結果とみられ、負債額は同グループ全体で四十億円前後にのぼるものとみられている。道内の外食産業としては今年一月のファミリーレストラン「マウンヴィル」(札幌)、三月下旬に経営行き詰まりが表面化した焼き肉レストラン「OK牧場」(同)に次ぐ三番目。なお、同グループは営業だけは続けている。

札幌地裁は同日午後、「チャンピオンクック札幌」の申請に対して財産保全命令を出した。函館地裁も五日以降、「キャプテンクック」に対し同命令を出す見込み。

民間信用調査機関の東京商工リサーチ函館支店によると「チャンピオンクック札幌」は昨年三月、四億円で食品工場を買収したが、同業者の競合でレストラン関係の客が減り、総菜店部門の利用客も低迷、さらに、グループが急成長し総菜店を含めると百八十店余りになったため経営管理、人事管理体制の弱さが表面化した。

同年度には仕入れ先の協同組合(東京)とのトラブルが起き、同年十一月ごろから業界に信用不安説も流れた。さらに、今年二月の時点で売り上げ目標グループ全体で六十億円に対し同五十二億円にとどまった。そこで、「チャンピオンクック」「大門共同購買部」(函館)、「チャンピオンクック札幌」、「チャンピオンクックフードサービス」(札幌)の四社を合併、経営の立て直しを図ろうとしたが、経理面が複雑なため金融機関からの融資が思うように受けられず失敗。四月上旬の手形決済を控えて商法に基づく会社整理を申請した。

負債額は、リース会社、金融機関、一般債務を含めて三十八億円から四十億円前後とみられ、さらに増える可能性もある。

北海道新聞
1980/04/05
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年4月 2日 (水)

(株)豊島商事[札幌市]

食肉問屋、豊島商事が倒産 杉商倒産のあおり?

地場では大手の食肉問屋、豊島商事(本社・札幌、資本金二千万円)は二日、札幌市内で不渡り手形を二回出し、事実上倒産した。負債額は二日午後までに六億円が判明している。

民間信用調査機関、東京商工リサーチ北海道支社の調べによると、同社は昭和四十九年の設立。札幌市内で食肉卸売店二店と小売店一店を経営して、五十四年六月期の決算では二十一億四千八百万円の売り上げがあり、地場業界では上位にランクされていた。

今回の倒産は、資金面で取引のあった東京の中堅食肉卸問屋、杉商(杉山登社長、資本金六千四百万円)が三月三十一日に自己破産を申請して営業を停止したあおりで、資金繰りが行き詰まったためとみられる。

北海道新聞
1980/04/03
http://www.hokkaido-np.co.jp/

« 1980年3月 | トップページ | 1980年5月 »