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1980年3月

1980年3月28日 (金)

(株)アテネスポーツ[札幌市]

破産宣告(昭和55年(フ)第6号)

(株)アテネスポーツ(札幌市西区手稲東2南1丁目20番地三王ビル)は3月28日、札幌地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は廣川清英弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和55年5月15日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和55年6月3日午後1時30分。

1980/04/05
札幌地方裁判所第四部

1980年3月27日 (木)

三ツ輪商事(株)[札幌市]

「三ツ輪商事」倒産 負債27億 道内繊維問屋では最大

道内の中堅繊維卸業者の三ツ輪商事(本社・札幌、資本金九千万円)は二十七日、札幌地裁に商法による会社整理を申請、同日午後五時に財産保全命令が出され、事実上倒産した。負債総額は二十七億五千万円にのぼると見られ、道内の繊維卸問屋の倒産は昨年五月に商法整理された寿原産業の負債総額二十三億六千九百万円を上回り、最大のものとなった。

民間信用調査機関、帝国興信所札幌支店の調べによると三ツ輪商事は、社長が二十一年に小樽市で設立。大阪、名古屋、東京に拠点を設けた後、本社を札幌に移し業務は大きく膨張した。婦人・子供服地に主力を置き、売り上げの五割弱は道外で上げるなど、道外のウエートは高く、四十八年度には五割配当を行うまでになったが、五十二年度以降、本州勢に押されて業績が悪化。従業員削減など減量経営を進めたもののうまくいかず、五十五年一月現在で三億三千百万円の累積欠損を抱えている。

この結果、取引先と協議のうえ本州三支社を分離、統合して、別会社北高(本社・大阪)を設立させたあと、同社の整理に踏み切った。

また負債総額のうち、道内関係分は二千七百万円にとどまる見通し。

北海道新聞
1980/03/28
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年3月26日 (水)

(株)オーケー牧場[札幌市]

本道の外食産業 赤信号 「オーケー牧場」KO 関連会社と相次ぎ不渡り 負債7億円

フランチャイズ・チェーン方式で急速に店舗展開していた焼肉レストランのオーケー牧場(本部・札幌市、資本金二千万円)と関連会社のサンアート(本社・札幌市、資本金二千万円)が二十六日、相次いで不渡り手形を出し、経営が行き詰まった。道内の外食産業としては、今年二月に倒産したファミリーレストランの「マウンヴィル」(札幌市内で三店経営)に次ぐもので、負債総額は七億円前後にのぼる見込み。

オーケー牧場は、内装工事業であるサンアートの食品事業部として五十三年春から営業を始め、五十四年五月に分離独立、全道的に加盟店の増加を図り、わずか一年ぐらいの短期間に三十二店舗に達している。加盟店は本部に協力金などを入れ、月々売り上げの五%を納めるシステムを採用している。

帝国興信所札幌支店、東京商工リサーチ調べによるとサンアートは、加盟店の店舗の新増設を担当、本部は食材の仕入れ、加工窓口として営業していたが、資金面で弱体なのに急速にチェーン化が進んだため金融操作が思うようにいかず、さらに本部が加盟店に対して特別協力金、新事業協力金など相次いで臨時のきょ出を要請したことから、これに不満を持つ加盟店舗が本部に出す手形を故意に不渡りにするなどの対抗手段を講じたため、急速に経営を悪化させ、本部は昨年十二月から本部機能を停止していた。

帝国興信所によると、負債額はサンアートが一億七千万円、本部が四億四千万円、さらに不明朗な面もあるのでざっと七億円にのぼると見られている。

なお、加盟店は最近では本部を通さずに食材などを相互に融通し合っており、今後も本部から独立独自に営業する方向で検討中。

「マウンヴィル」の倒産に始まった道内の外食産業は、戦国時代から整理期に入ったといわれ、今回のケースは形態が異なるとはいえ、外食産業の斜陽化を示すものともいえるようだ。

北海道新聞
1980/03/27
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年3月24日 (月)

丸三三和宅建(有)[旭川市]

旭川の丸三三和宅建が倒産 負債総額は12億円

【旭川】建売注文住宅や不動産仲介などを手がけてきた旭川の中堅不動産業者、丸三三和宅建(本社・旭川市神居七ノ一五、資本金二百万円、水谷衛社長)が、経営の行き詰まりから二十四日銀行取引停止処分となり、事実上倒産した。民間信用調査機関の東京商工リサーチ旭川支店の調べによると、負債総額は十二億円近くになるものとみられる。

同旭川支店によると、同宅建は五十二年一月に設立されたが、折からの住宅ブームに乗って五十三年三月期の売り上げ二億三千万円、翌五十四年三月期には七億三千七百万円と急成長を遂げた。今期も十五億円以上の年商を見込んでいたが、業務を広げすぎたため資金力が伴わず、五十四年秋以降急速に経営内容が悪化した。今月十四、十七、十九日三回にわたり債権者会議を開いたが実らず、二十一日に一回目の不渡り手形を出し、二十二日に小切手が落ちず銀行取引停止処分となった。

同市内の不動産業界では、昨年八月七億円の負債で倒産した北海道フタバ建設の規模を上回り、関連業者への波及が心配されている。

北海道新聞
1980/03/25
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年3月22日 (土)

(株)緑地[釧路市]

釧路 不動産の「緑地」が倒産 負債総額は約23億円

【釧路】民間信用調査機関の東京商工リサーチの釧路支店によると、釧路市の中堅不動産業、緑地(米田隆社長、資本金一千万円)は二十二日までに、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額約二十三億円。先に、行き詰まった根室市の柴野商店の約二十二億円を上回り、この一、二年では釧路・根室地方でも最高の大型倒産となった。

同社は四十八年ごろの列島改造ブームに乗り、釧路市内の市街地調整区域や周辺山林など買いあさった。しかしオイルショックによる土地ブームの鎮静化で、買収した土地が売れず、一方、土地買収に伴い借り入れた借入金が、金利支払いだけで年間一億円以上となり、これまでの累積赤字は約六億円。この間の資金繰り悪化から、札幌の同業者と融通手形を発行し合ったが、同業者が倒産、行き詰まりが表面化した。

北海道新聞
1980/03/23
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年3月21日 (金)

吉見建設工業(株)[喜茂別町]

吉見建設が倒産 喜茂別町不正流用 1億4000万焦げつき

九億六千万円にのぼる町費の不正流用事件で裁判中の後志管内喜茂別町から、約二億円を不正借り入れしていた同町喜茂別二ノ六、吉見建設工業が、二十一日、不渡り手形を出し、事実上倒産した。

東京商工リサーチ小樽支店の調べによると、吉見建設工業(資本金七百五十万円)は、同日、二百七十五万円と三百万円の合計五百七十五万円の北海信金喜茂別支店振り出しの不渡り手形を出した。負債総額は三億二千万円といわれる。同社は昭和五年六月個人営業で土建業を始め、二十七年八月会社を設立した。官公庁関係の仕事が多く、年商七億八千万円で、同町内では随一の土建会社だった。

四十三年ごろから町と強い関係を持ち、五十三年に死亡した前社長が、昨年一月死亡した清都勝次郎町長に頼み、年末の決算期で運転資金に窮した時は町費の不正融資を受けていた。

同社はこれまでに現金で一千万円を金田前助役に返したほか、拓銀倶知安支店の口座に二千万円振り込んだ。さらに町から受注した町道補修工事代金二千九十九万円を受け取らなかったから、実質的に五千九十九万円町に返済した。しかし残額は、まだ一億四千六百万円あることが道警の調べでわかっている。

同町は現在、不正流用された九億六千万円中、金融機関から借り入れた八億六千万円の返済をどうするかなど、町の再建を真剣に考えているが、その矢先に一億四千六百万円もの不正貸付金が同社の倒産によって事実上回収不能になったわけで、この痛手は大きい。

北海道新聞
1980/03/22
http://www.hokkaido-np.co.jp/

共同通船(株)[小樽市]

小樽の共同通船が倒産 負債1億5千万円

【小樽】小樽港の係船業務や小樽―祝津・オタモイの観光航路を運営している共同通船(本社・小樽市港町、遠塚谷信男社長、資本金百二十万円)は、二十一日までに二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。民間の信用調査機関・東京商工リサーチ小樽支店の調べでは、負債総額は一億五千万円にのぼっている。

同社は昭和九年に設立され、小樽港の係船業務を一手に引き受ける一方、三十一年に小樽―祝津、五十三年からは同―オタモイ間の観光航路を開設、小樽観光の目玉として売り出していた。しかし、期待したオタモイ航路は昨夏の悪天候で客足が激減し、五千万円余りの累積欠損金を抱えて昨年十一月ごろから経営不振が表面化。これまで手形期限を延期してもらうなどして事業継続を図ってきた。

北海道新聞
1980/03/22
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年3月13日 (木)

(株)ユニオン和商[釧路市](2年連続2回目)

破産宣告(昭和55年(フ)第2号)

(整理会社)(株)ユニオン和商(釧路市新富士町5丁目3番19号)は3月13日、釧路地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は組村真平弁護士(釧路市)。

債権届出の期間は昭和55年6月11日まで、第1回の債権者集会の期日は昭和55年4月15日午後2時、債権調査の期日は昭和55年7月9日午後2時。

1980/03/22
釧路地方裁判所

1980年3月 5日 (水)

(株)柴野商店[根室市]

根室の漁具、船舶機器販売大手 柴野商店が倒産 釧路地裁に和議申請 手形乱発、負債22億

【根室】船舶や水産機材を扱う根室の代表商社、株式会社・柴野商店(本社・根室市本町三ノ四、資本金二千万円、中林啓次社長)が二十二億円の債務を抱え、五日釧路地裁に和議の開始を申し立て、同地裁はこれを受理するとともに、債務者の財産保全命令を出し、事実上倒産した。同社の取引先は函館をはじめ道内各地に及び、影響が心配される。根室では五十一年九月の日本合同罐詰(負債総額三十八億円)以来の大型倒産で、釧路地方でも史上四番目の負債額。

民間信用調査機関の帝国興信所と東京商工リサーチの両釧路支店によると、同社は二百カイリ二年目以降の水産業界の低迷で漁業者への売掛金の回収が悪化したほか、アラスカに別会社のスリーエーを設立(五十二年)して乗り出したサケの買い付け、加工も魚価安や円安で7億円とも言われる大きな欠損金を出し、五十四年三月期決算の売上高は十八億九千四百万円と前年同期を五億四千三百万円も下回り、負債額は十七億九千万円に上った。さらに昨年秋から、この穴埋めのため幹部が手形を乱発、五日期限の一億円の手形が不渡りになるのは避けられないと判断、四日和議開始を申し立てたが、破産の原因になる事実(不渡り)がまだない、として受理されず、五日改めて申し立てた。

今三月期の決算見込みでは負債総額は二十一億七千万円に上るといわれるが、同社は昭和三年十一月創立のしにせで、船舶や漁網、漁具、無線機器など水産機材を扱う商社で従業員四十五人、道東でも最大手。北海水産(資本金一千万円、冷凍冷蔵、水産加工業)や千島開発(同五百万円、倉庫業など)、シバノデンキ(同五百万円、家電器具、プロパン販売)などの関連会社があり、同社の“倒産”で地元に与える影響が大きいところから、道銀、北洋相銀などが数億円に上る協調融資の体制を固めていた。

しかし、これによって一時的に危機を乗り切れても、その後の見通しが立たないため、中林社長らは「このさい、区切りをつけた方がよい」と決断したようだ。

根室の造船、漁具、船舶機械業者らは売り上げのほとんどを漁業者に頼っているため、魚価安が大きく絡み、売掛金の回収不良、減船による受注の減少に苦しむ二百カイリの厳しい経済環境を反映したものと言えるが、地元の小口債権者にはこれまでにほとんど弁済したといわれる。

このため根室商工会議所は「市内への直接的な影響はほとんどないと思うが、心理的な打撃は大きい。再建に当たっては信用保証などで会議所としても協力したい」(小林正弘会頭)と言っている。

一方、同社の大口債権者としてはヤンマーディーゼル、函館製網船具などがあり、道内各地の取引先への波及が予想される。

北海道新聞
1980/03/06
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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