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1980年2月

1980年2月26日 (火)

(株)湯の川観光ホテル[函館市]

湯の川観光ホテル(函館)が倒産 大投資、裏目に 負債は約40億円

【函館】函館市内最大のホテル、湯の川観光ホテル(本社・函館市湯川町二ノ四、五十嵐長寿社長、資本金二億円)が二十六日、会社更生法の適用を函館地裁に申請、事実上倒産した。施設の大規模増改築を行ったものの客足が伸びず、経営が行き詰まったものとみられ、負債総額は四十億円前後に達する見込み。函館では五十二年八月の日魯造船(負債総額三十六億六千万円)以来の多額の倒産となる。

民間信用調査機関の東京商工リサーチ函館支店と帝国興信所函館支店によると、同社は二十五日付で、千五百万円から二千数百万円ともいわれる一回目の不渡り手形を出したのに続き、二十六日に更生法適用申請を出した。

同社は四十一年、既存ホテルを買収して湯の川観光ホテルの営業を開始。四十八年に六階建ての建物を増改築、五十三年に十階建ての新館を建設した。現在、客室は百六十七室、収容人員八百人で、市内では最大、道内でも指折りのホテルとなっている。しかし四十八年の増改築で約六億円、五十三年には十数億円の巨額な設備投資を行ったものの利用客は伸び悩み気味。金利負担の重圧で採算割れを起こし、五十四年十月期決算では売上高が十三億三千万円余まで伸びたが、同期で千百九万円の欠損を出し、繰り越し分を含めて六千七百九十六万円の欠損を生じていた。

経営行き詰まりの主な原因は、過剰投資と経営計画の失敗にあるとみられている。

負債額は五十四年十月期決算では三十一億三千六百九十五万円を計上しているが、簿外債務を含め四十億円前後に上る見込み。

函館市内の旅館、ホテルは現在、百二十二軒、収容人員はざっと九千八百人で、観光客の入り込み数は四十八年、NHKの朝のテレビ小説「北の家族」ブームも手伝って二百九十八万人に達した。しかし、その後はオイルショックを機にした景気の後退などで減少し、五十二年は二百三十八万人にまで落ち込んでいた。こうした中で、同ホテルもジャンボシアターなど超大型施設を整えて観光客を呼び込もうとしたが、目標通りの集客ができず、窮地に追い込まれた。ただ、一室当たりの売上高は約八百万円で、市内でも最高といわれ、それだけに経営の行き詰まりは単なる経営計画の失敗だけではなく、通常の営業活動以外の要因もあるという。

なお、同ホテルは平常通り営業している。

北海道新聞
1980/02/27
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年2月23日 (土)

(株)広橋工務店[稚内市]

広橋工務店が倒産 負債15億円

【旭川】稚内市の中堅建築会社、広橋工務店(本社・稚内市大黒二ノ六ノ二〇、広橋敬一郎社長、資本金五百万円)が、二十三日までに二度の不渡り手形を出し事実上倒産した。民間信用調査機関の調べによると、負債総額は約十五億円にのぼる見込み。

東京商工リサーチ、帝国興信所の両旭川支店の調べによると、同社は三十九年に設立され、当初は太平住宅の下請け工事を主体に事業を拡大、旭川、札幌、滝川、苫小牧に支店を設け、一般住宅から店舗、マンションなど大型建築も手掛け、昨年三月決算で十五億千五百万円の売り上げを計上、今期は二十二億円が見込まれるほど急成長していた。

しかし、相次ぐ出先の開設、拡張策によって無理な受注、出血工事もあって、ずさんな工事管理によりユーザーからのクレームが相次いだうえ、不良債権や未回収分を抱え、窮地に追い込まれた。旭川、富良野などに未完成の店舗兼マンションが残されており、中小の資材納入業者、下請け会社を含めて、影響が懸念されている。

北海道新聞
1980/02/24
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1980年2月22日 (金)

(株)毎日新聞北海道発行所[札幌市]

特別清算開始(昭和55年(ヒ)第1号)

(株)毎日新聞北海道発行所(札幌市中央区北4条西6丁目1番地)は2月22日、札幌地裁から特別清算開始決定を受けた。

1980/03/03
札幌地方裁判所第四部

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