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1979年9月

1979年9月21日 (金)

(有)北拓共営漁業部[豊富町]

ホタテ稚貝養殖失敗で倒産

【旭川】定置網・ホタテ稚貝養殖業の宗谷管内豊富町稚咲内、有限会社北拓共営漁業部(資本金六百万円)は二十一日までに二回不渡り手形を出し、銀行取引を停止され事実上、倒産した。帝国興信所旭川支店の調べによると、負債は四億円にのぼっている。

同支店によると、同社は五十二年八月に設立され、サケ、マスの定置網漁業を行う一方、ホタテ稚貝の養殖をするため、豊富町漁協の協力で、約二億円の設備投資を行った。しかし、ホタテ稚貝の養殖は、日本海沿岸の荒波に耐えるための設備技術の研究不足がたたって、養殖設備が流出してしまったうえ魚の販路もうまく開拓できなかったことが重なり、経営が行き詰まった。

北海道新聞
1979/09/22
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1979年9月19日 (水)

(株)ニューモード[釧路市]

ニューモードが事実上倒産 釧路の婦人服専門店

【釧路】釧路市北大通四ノ一、婦人服専門店、株式会社「ニューモード」は十九日午後、二度目の不渡り手形を出し事実上倒産した。業務拡張しながら売り上げ不振に陥ったのが原因で、負債総額は約四億円に上るものとみられている。

同店は三十九年十月創業で資本金一千万円。釧路市内では「釧路デパート」「おくの」の両デパートに店舗を持っているほか、五十二年、五十三年には札幌市白石区厚別・サンピアザ、根室管内中標津町・東武デパートに進出した。年商は今年一月期決算で約六億六千万円、従業員四十人。

帝国興信所釧路支店の調べでは、十八日に約二千三百万円、十九日には七万円の不渡り手形を出した。金融債務、一般債務を合わせて約四億円の負債を抱えており、店舗四店はすべて閉鎖の見通し。札幌、中標津に相次いで出店するなど業務拡張と売り上げ不振で経営悪化を招いた。また、釧路への大型店進出(五十一年)の影響もあるものとみられている。

北海道新聞
1979/09/20
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1979年9月 6日 (木)

鈴蘭シヤツター(株)[札幌市]

鈴蘭シャッターが破産申し立て 札幌住建センター連鎖倒産

シャッター製造、販売の鈴蘭シャッター(本社・札幌、資本金千二百万円)は六日、札幌地裁に自己破産を申し立て、事実上倒産した。また、同社と融通手形を交換していた建築工事請負の札幌住建センター(本社・札幌、資本金五百万円、小林作次郎社長)も、六日までに二度の不渡り手形を出し、連鎖倒産に追い込まれた。帝国興信所札幌支店によると、負債総額は鈴蘭シャッターがおよそ九億円、札幌住建センターが六億円前後に上る見込み。

同支店の調べでは、鈴蘭シャッターは三十九年九月に設立され、シャッターのほか、車庫や物置の製造をはじめ、鉄骨組み立てと徐々に事業を拡大、これに合わせて生産体制の充実を図った。この結果、五十三年三月期には九億円を超す売上高を計上することができた。しかし、競合による収益性の低下や設備、運転資金の借入金増大による経営圧迫から経営見直しに迫られ、五十三年三月、不採算の鉄骨組み立て部門を閉鎖し、さらに車庫、物置部門を別会社(鈴蘭ガレージ)にして切り離すなど営業の効率化を図ったが、役員の退社などで信用不安を招き、資金繰りも悪化、不足資金を補った融手操作も失敗に終わった。

一方、札幌住建センターは、四十五年三月に設立され、当初鉄筋、鉄骨工事を主体に倉庫、ビル関係に従事した。個人注文住宅などにも手を広げたが、資本力が弱体なことから借財が増え、また不良債権を抱えるなどかねてから経営危機に陥っていた。経営破たんを決定的にしたのは、今年に入ってから仕入れ先の鈴蘭シャッターから建売住宅八棟を受注し、お互いに融手操作を行ったため。

北海道新聞
1970/09/07
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1979年9月 4日 (火)

協同畜産(株)[芽室町]

芽室の協同畜産事実上倒産 負債額約10億円

【芽室】帝国興信所帯広支店によると、乳牛の輸入、育成販売の十勝管内芽室町本通り四「協同畜産」(資本金四百八十万円)は四日までに二度の不渡り手形を出して事実上倒産、負債総額は十億円前後に上りそう。

同社は四十三年十二月に設立され、家畜育成販売、酪農機材販売を中心に五十三年三月期の年商は三億八千七百万円。帝国興信所同支店の調べによると、最近釧根方面の取引先畜産会社の行き詰まりによって、同社のズサンな経営が一挙に表面化した。

北海道新聞夕刊
1979/09/05
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1979年9月 3日 (月)

北栄自動車工業(株)[千歳市]

千歳の北栄自動車工業倒産

【千歳】道内中古車販売、自動車整備の中堅業者の千歳市信濃四ノ三、北栄自動車工業(前田重政社長、資本金一千万円)は、三日、二度目の不渡りを出し、銀行取引停止となり、事実上倒産した。

東京商工リサーチ苫小牧支店の調べによると、負債総額は約四億五千万円にのぼる。

東京商工リサーチによると、同社は四十四年に創業され、中古車販売、自動車修理などを行っていたが、五十一年に従業員の定着をねらって、現在地に地上五階建てのマンションを建てたのが逆にわざわいし、最初の一年間は入居がまったくないという状態で資金繰りが悪化した。その後は金融機関からの借り入れでしのいできたものの、持ちこたえられず、八月三十一日に最初の不渡りを出した。

取引先の金融機関は、札幌信金千歳支店、北洋相銀千歳支店、千歳信組本店だが、いずれも三日、取引を停止している。同社では、九月下旬にも債権者会議を開き、今後の方針を決めたい、としている。

北海道新聞
1979/09/05
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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