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1979年2月

1979年2月28日 (水)

(有)松田観光商事[虻田町]

破産宣告(昭和53年(フ)第4号)

(有)松田観光商事(虻田郡虻田町字洞爺湖温泉町120番地)は2月28日、札幌地裁室蘭支部から破産宣告を受けた。

破産管財人は芝垣美男弁護士(室蘭市)。

債権届出の期間は昭和54年3月17日まで、第1回の債権者集会・債権調査の期日は昭和54年3月26日午前10時。

1979/03/08
札幌地方裁判所室蘭支部

武峯建設(株)[札幌市]

破産宣告及び破産廃止(昭和53年(フ)第2号)

武峯建設(株)(札幌市西区手稲富丘107番地50)は2月28日、札幌地裁から破産宣告・破産廃止決定を受けた。

1979/03/07
札幌地方裁判所第四部

1979年2月26日 (月)

(株)岩谷機械商会[釧路市]

特別清算開始(昭和54年(ヒ)第1号)

(株)岩谷機械商会(釧路市幸町7丁目3番地)は2月26日、釧路地裁から特別清算開始決定を受けた。

1979/03/26
釧路地方裁判所

1979年2月21日 (水)

(株)丸けい岡島商店[標津町]

水産業・岡島商店が事実上倒産 負債総額10億円

【標津】根室管内標津町標津、水産物卸売り、加工販売、丸けい岡島商店(岡島徹社長、資本金四百万円、従業員十三人)は二十一日までに二回にわたって不渡り手形を出し、事実上倒産した。負債総額は約十億円とみられている。

帝国興信所釧路支店の調べによると、同社は七年ほど前から経営不振に陥り、五十二年春には累積赤字が六億円を超えた。その後、二百カイリ魚価高で赤字をやや減らしたものの同社が取引先の東京定温冷蔵(本社・東京)根室工場長の水上英一氏個人に振り出した二億五千万円の融通手形が、水上氏の失跡で収拾がつかなくなり、破たんが表面化した。同社の五十三年三月期の年間売り上げは十二億円を超えている。

北海道新聞
1979/02/21
http://www.hokkaido-np.co.jp/

 

会社整理開始(昭和54年(ヒ)第4号)

(株)丸けい岡島商店(標津郡標津町字標津144番地2)は3月13日、釧路地裁から整理手続開始決定を受けた。

1979/03/20
釧路地方裁判所

(株)大和スポーツ[札幌市]

和議開始(昭和53年(コ)第2号)

(株)大和スポーツ(札幌市中央区南1条東1丁目2番地)は2月21日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は岩城弘侑弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和54年4月18日まで、債権者集会の期日は昭和54年5月16日午後1時30分。

1979/03/03
札幌地方裁判所第四部

1979年2月19日 (月)

カネコー水産(株)[森町]

カネコー水産倒産

【函館】道南の水産物加工販売業者の中堅である渡島管内森町森川二〇六、カネコー水産(資本金百万円、従業員二十六人)は、一月末にホタテ貝毒性禍で倒産したカネシメ角野水産(砂原町)から多額の不良債権が発生したため、十七日に五百万円、十九日に二百二十万円の不渡り手形を出して事実上倒産した。東京商工リサーチ北海道支社によると、負債総額は二億八千万円以上になる見込み。

同社函館支店によると、カネコー水産は昭和元年に創業、四十七年に法人化した。カズノコ、スケコなど魚卵の加工、販売を中心に売り上げを伸ばし、年商約六億六千万円。カナダに系列会社としてカネコー・エンタープライズ・リミテッドを持ち、アラスカのカズノコを輸入していた。だが、昨年八月、東京の取引先から四千五百万円の不良債権が生じ、資金面的に底をついたところへ、一月末に角野水産が倒産して二千二百万円の不良債権が出たため、倒産に追い込まれた。

北海道新聞
1979/02/22
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1979年2月13日 (火)

丸あ青柳冷蔵(株)[美唄市]

青柳冷蔵が会社更生法申請

【美唄】在庫の過剰などから経営不振に陥っていた美唄市東明の青柳冷蔵(資本金二千二百万円、青柳昇社長)が十三日、札幌地裁に会社更生法の適用を申請した。

民間信用調査機関の調べによると、同社は三十三年四月に設立、四十三年に法人に改組のあと美唄市内に加工場と冷蔵庫を新設、道東から買い付けるサケ、マスを主体に輸入サケ・エビなど扱い魚種も広げ、道内市場のほか本州にも出荷していた。売上高も年間十億円前後のペースで増え、五十三年度は七十億円を見込んだが、経営者の放漫経営と在庫が過剰だったことなどから、年明け以降、経営が行き詰まっていた。

負債総額は十七億円前後とみられるが、青柳社長は所在がわからず、会社は休業状態になっている。

北海道新聞
1979/02/14
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1979年2月 7日 (水)

宮前木材工業(株)[函館市]

宮前木材(函館)が危機 支援打ち切られ不渡り

【函館】民間の信用調査機関の東京商工リサーチなどの調べによると、函館市内の中堅木材会社、宮前木材工業(同市宮前町、資本金千四百万円)はこのほど一回目の不渡りを出した。二回目の手形決済は十三日だが、主力支援会社が支援を打ち切ったことが直接の原因であることから、次回の不渡りは避けられず社長は「再建の見通しはなく倒産は避けられない」と語っている。負債総額は四億円以上にのぼるといわれる。

同社は昭和二十三年の設立で、従業員は社長以下二十三人。五十三年度の年商は約五億八千万円で、若干の黒字を計上していた。

しかし、四十六年から同社に資本参加し、役員も出向させ、原木のほとんどを入れていた十条ハコリン(本社・東京)が、一月三十一日をもって支援打ち切りを通告してきたことから一挙に経営危機が表面化、七日に百八十八万円の不渡りを出した。

北海道新聞
1979/02/10
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1979年2月 2日 (金)

川上機械製造(株)[札幌市]

和議開始(昭和53年(コ)第1号)

川上機械製造(株)(札幌市東区苗穂町12丁目10番地)は2月2日、札幌地裁から和議手続開始決定を受けた。

管財人は田中健二弁護士(札幌市中央区)。

債権届出の期間は昭和54年3月29日まで、債権者集会の期日は昭和54年4月24日午後1時30分。

1979/02/09
札幌地方裁判所第四部

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