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1978年4月17日 (月)

松岡満運輸(株)/松岡満交通(株)/東幌整備工業(株)[札幌市]

松岡満グループ倒産 負債総額は83億円 本道ではことし最大

慢性的な業績不振の状態に陥っていた松岡満グループ四社が事実上倒産した。グループの中核、松岡満運輸(札幌市中央区北四東一、松岡順三社長、資本金一億六千五百万円、従業員六百五十八人)は道内の路線トラックのトップ企業で、負債総額は一社だけでも五十九億五千万円。本道では今年最大の大型倒産であり、関係業界だけにとどまらず道内経済界に大きな波紋を投じそうだ。

松岡満運輸、松岡満交通(札幌市中央区、松岡順三社長、資本金八百万円、従業員百二十七人)、東幌整備工業(札幌市東区、加藤貞雄社長、資本金二百万円、二十八人)の三社は十七日、札幌地裁に会社更生法の適用をそれぞれ申請し、事実上倒産した。また、同社の親会社、繊維製品卸しの松岡満(本社・東京、松岡順三社長、資本金五千万円、従業員四十人)も十八日、東京地裁に自己破産の申し立てをし、両地裁は十九日までに財産処分の保全命令を出した。同グループの負債総額は合わせて八十三億円前後にのぼる見込み。

民間の信用調査機関である東京商工リサーチ札幌支店の調べによると、松岡満グループの中心である松岡満は、昭和二十七年二月に設立され、繊維製品の卸し・仕入れを行い、年商二十億円を上げていたが、数年前からの繊維不況で業績が伸び悩み、二十億円にのぼる累積負債を抱え込んでいた。

一方、松岡満運輸は戦争中、道内の貨物運送業者が一本化された北海道自動車運輸が分割され、二十四年四月に設立された札幌自動車運輸が前身。札幌を拠点に道内に営業網を広げ、三十八年に現社名に改称。四十七年四月、東京の同系企業、松岡満運輸(資本金千三百万円)を合併、東京都内に営業網を広げ、さらに同七月には日本高速運輸から東海道路線を獲得、四十五年から業務提携を結んでいた近鉄大一トラックの営業網につないで、“全国協同一貫輸送体制”を確立、保有車両は保冷車も含めて四百五十九台を持つ道内のトップ企業に成長、四十九年二月には本社ビルも建設した。

しかし、四十八年のオイルショック後から慢性的な不況に見舞われ、五十二年三月期の売上高は五十億二千九百十一万円で一億二千七百万円の経常欠損を出すなど経営が振るわず五十三年三月期も九千万円の経常損が確実という。

このため同社は昨年五月、札幌市東区東苗穂の社有地約三万三千平方メートルを売却し借金返済に充て、今年も札幌、苫小牧、横浜などの土地(十億円相当)を売却して当座をしのごうとしたが、思うように売れず、ついに行き詰まった。

松岡満交通は昭和三十九年設立の中堅タクシー会社。中型車七、小型車四十台を持ち、五十二年三月期は四億八千万円の売り上げを計上、また、東幌整備工業は四十年十二月設立で、グループ内の車両修理を中心に五十二年三月期は二億四千四百万円の売上高を記録、業績はともに順調であったが、親会社の松岡満の手形保証などで資金繰りがつかず、連鎖倒産に追い込まれた。

各社の負債は松岡満運輸が五十九億五千万円、松岡満交通が二億二千三百万円、東幌整備工業が一億九千万円にのぼり、東京の松岡満を含めるとグループで計八十三億六千三百万円にのぼる大型倒産となる。

北海道新聞
1978/04/20
http://www.hokkaido-np.co.jp/
 

フォト海道(道新写真データベース)
【写真説明】平常業務は今日も続いているが・・・=松岡満運輸本社 掲載 1978/08/24

 

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