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1978年3月

1978年3月28日 (火)

藤田運輸(株)[赤平市]

会社整理開始(昭和53年(ヒ)第2号)

藤田運輸(株)(赤平市錦町1丁目1番地)は3月28日、札幌地裁岩見沢支部から会社整理手続開始決定を受けた。

1978/04/05
札幌地方裁判所岩見沢支部

1978年3月27日 (月)

(株)丸ト北村[釧路市]

丸ト北村に財産保全命令 釧路地裁 和議申請を受理 負債約27億円 200カイリなど響く

【釧路】釧路市内の総合衣料デパートで同市北大通四、株式会社丸ト北村(北村藤兵衛社長、資本金一億円、従業員百三十六人)が総額二十七億円近い負債を抱えて事実上倒産、釧路地裁に申し立てた和議申請が受理され、同地裁は二十七日午後、財産保全命令を出した。同店は、四十二年に旧百貨店法に基づく営業許可を受けた釧路有数のデパートのひとつで、同法に基づくデパートの倒産は道内では初めてで、同市内の経済界は大きなショックを受けている。同店は二十八日から当分の間、営業を停止する。

申立書によると、同店は五十年の店舗拡張後、売上高が伸び悩み昨年二月期の決算で七千七百万円の赤字を出したのに続き、今二月期も四億六千万円にも上る大幅赤字を出した。このため、二月末現在で負債総額は二十六億九千二百四十七万円に達し、同店の資産合計を約四億円上回る債務超過状態となり、事実上倒産、二十五日に和議を申し立てた。

民間信用調査機関の調べによると、同店は五十年十二月に九億円をかけて店舗を増改築したが、増改築の資金負担に加え、外来大型店の進出などで経営が悪化、五十二年一月には拓銀から代表取締役副社長として当時の沢村二郎室蘭支店長が送り込まれ、経営立て直しを図った。

しかし、二百カイリショック、低成長経済下の購買力の落ち込みなどから売上高が伸び悩み、経営破たんをきたしたもので「新店舗の過大投資が直接の原因」とみられている。負債のうち、銀行債務がほとんどで、二十億円に上っている。

再建については(1)売上高を現在の二十億円強から十二億円まで圧縮して本来の実用衣料中心の販売、仕入れ策を取る(2)従業員を約半数の七十人程度まで削減する(3)事務館など不動産売却で借入金を返済する(4)子会社への貸付金を早期回収する―などの合理化で業務の再建、和議債権の弁済に当たるとしている。

同店は、二十八日から営業を停止、四月八日に債権者に対する説明会を開き、同意が得られれば十一日から経営を再開したいとしている。また同店は割賦販売の別会社、丸ト友の会をつくっているが、同会の会員約七千人については、積立会費に年六%相当の法定利息を加算のうえ二十九日から現金で返済するとしている。

同店は、明治三十九年(一九〇六年)に北村呉服店として開業、昭和三十年に現在の丸ト北村の商号となり、四十二年に旧百貨店法に基づく営業許可を受けた。五階建て、地下一階、約四千二百万平方メートルの売り場面積のデパートで、年商は今期で約二十一億円。五十年には年商二十五億円だったが、外来店の進出、不況などで売り上げは先細り。また大型店の進出に備えた店舗増改築の負担に耐えられず破たんしたとみられている。

北海道新聞
1978/03/28
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1978年3月25日 (土)

(株)大晃[札幌市]

大晃(札幌)が倒産 負債総額は十三億五千万円

婦人、子供服小売業の大晃(札幌市中央区南一四西七、資本金四千万円)は二十五日、札幌地裁に破産の申し立てをし、同地裁は二十七日、職権で破産宣告した。負債総額は十三億五千万円にのぼる見込み。

同社は昭和三十八年三月に会社設立、山鼻店を皮切りに札幌・狸小路二丁目など同市内で一時、九店舗を設けるなど多店化に踏み切った。民間の信用調査機関、東京商工リサーチ道支社によると、五十二年三月期は売上高十六億五千万円、利益一千万円を計上したが、本州ビッグストアの攻勢、衣料品の消費不振などで資金繰りは苦しく、二月には美香保店を閉鎖して立て直しを図ったものの間に合わなかった。

同地裁は破産管財人に広岡得一郎弁護士(札幌弁護士会)を選任、第一回の債権者集会と届け出債権調査期日を五月二十九日午後二時と定めた。

北海道新聞
1978/03/29
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1978年3月23日 (木)

(株)建装工務店[札幌市]

会社整理開始(昭和52年(ヒ)第46号)

(株)建装工務店(札幌市東区北35条東9丁目91番地12)は3月23日、札幌地裁から会社整理手続開始決定を受けた。

1978/03/30
札幌地方裁判所第四部

1978年3月20日 (月)

新日本海開発興業(株)[小樽市]

二度目の不渡り出す ゴルフ場の新日本海開発

【小樽】後志管内余市町でゴルフ場を経営する新日本海開発興業株式会社(本社・小樽市色内一ノ九ノ一、山北南社長、資本金一億一千五百万円)が二十日、二回目の不渡り手形を出し、事実上倒産した。これまでに道内のゴルフ場では、コース造成中に倒産したケースはあるが、オープンしてから倒産したのはこれが初めて。負債総額は約十二億円。

民間の信用調査機関・東京商工リサーチ小樽支店の調べによると、同社は四十七年四月に設立。余市町登町に、新日本海カントリークラブ余市コースの名称で、四十九年六月、まず九ホールだけで仮オープン、五十年六月に全十八ホールがオープンした。

コース造成中に集中豪雨による鉄砲水が出たり、芝育成が遅れたりして、当初計画よりオープンが一年遅れたため、会員を追加募集したが、ゴルフブームが一段落した時期にぶつかって思うように集まらなかったのがつまずきの発端。その後もシーズンピークの夏季間に国道の交通渋滞もあって利用者が伸びず、昨シーズンは、損益分岐点を三千五百万円も下回る一万五千人の利用しかなかった。

負債は、銀行債務、工事代金延べ払い、一般未払いと会員預託金で、二月二十八日に一回目の不渡りを出した。会員は小樽市内の七百人をはじめ、札幌、後志、道外など合わせて千五百人に上り、預託金総額は、六億五千万円。余市町内のゴルフ愛好家などが中心になって、今後、別事業体で同ゴルフ場を運営しようという動きもあるが、実現するかどうかの見通しはなく、場合によっては会員権の処理などをめぐってトラブルも考えられる。

山北社長は「メンバーの有力者たちが今後の再建を検討しており、会員には迷惑をかけない」と話している。

北海道新聞
1978/03/21
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1978年3月18日 (土)

(有)室蘭鉄工所[室蘭市]

室蘭鉄工所、整理へ 日鋼の下請け会社

【室蘭】日本製鋼所室蘭製作所の下請け企業である有限会社「室蘭鉄工所」(室蘭市御崎町二ノ一、資本金二千万円、石川留次代表取締役)は、約四億円の負債をかかえ経営不振に陥っていたが、十八日、室蘭市労働会館で債権者会議が開かれ、同会議は再建困難との見通しから整理する方向で債務者委員会を構成した。

北海道新聞
1978/03/19
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1978年3月17日 (金)

函館プライウッド(株)[函館市]

中堅合板メーカーが会社整理へ

【函館】道内中堅合板メーカーである函館プライウッド(本社・函館市港町三ノ一九、資本金一億円)が十七日明らかにしたところでは、同社は合板業界の深刻な不振から三月末日付で商法に基づく会社整理を行い、四月一日付で別会社を設立する。

同社は、三十九年十一月、道内では数少ないラワン合板専門工場として発足したが、四十九年以降の市況悪化により、今年三月期末決算では売り上げは二十五億円前後とみられるが、欠損金は約一億二千万円、累積で六億円に達する見通し。

このため、大株主の三菱商事が中心となって再建策を練ってきたが、同社が債務金額を肩代わりして新会社「函館合板」(仮称)を設立、また、資本金一億円を全額出資して、仕入れから販売まで引き受けることにした。従業員百八十人については「新会社がそのまま継承する。人員整理は考えていない」という。

ラワン合板専門工場は、道内に四社あるが、多くは対米輸出でどうにか安定した操業を続けている。だが、同社は製品全量を道内に出荷しているため、需要減退が業績を悪化させた。

北海道新聞
1978/03/18
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1978年3月16日 (木)

戸塚建設興業(株)[苫小牧市]

特別清算開始(昭和53年(ヒ)第4号)

戸塚建設興業(株)(苫小牧市泉町2丁目5番4号)は3月16日、札幌地裁室蘭支部から特別清算開始決定を受けた。

1978/03/27
札幌地方裁判所室蘭支部

1978年3月15日 (水)

(株)大京/(有)洋装のチェリー[旭川市]

本州大手繊維問屋倒産で大京など六社“連鎖” 旭川

【旭川】民間の信用調査機関、東京商工リサーチ旭川支店の調べによると、旭川市内の繊維卸問屋、大京が、先に七十億円の負債を残して倒産した京都の繊維卸問屋サンホビーに連鎖、二月二十八日に続いて十五日、二回目の不渡り手形を出して銀行取引を停止され、倒産した。負債総額は六億五千万円。同市内ではこのほかにも五社がサンホビー、大京に連鎖して倒産、負債総額は十一億三千万円余りに達する見込みで、本州企業に連鎖して倒産したケースでは規模、負債額とも同市内の最大級となった。

大京は、四十年五月、サンホビーを主力仕入れ先として設立した婦人服地の中堅卸問屋。これまで道北管内のサンホビー総卸元として、年商六億二千万円を上げていたが、サンホビーとの間に融手操作があったため、三月一日、サンホビーが京都地裁に会社整理を申し立てて倒産したのに連鎖、十五日二回目の手形不渡りに追い込まれた。

また、同市内では婦人服地卸、渡辺商店、縫製業、ホビー・ソウイング、洋装品小売り、ファッション・エルがサンホビーに連鎖したほか、大京に連鎖して洋装品小売り、洋装チェリーと同、オリジナル・ファッション・アオイも倒産、大京を含めた六社の負債総額は十一億三千五百万円に達する見込み。

北海道新聞
1978/03/16
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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