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1970年3月

1970年3月26日 (木)

永野ベニヤ(株)[札幌市]

破産宣告(昭和45年(フ)第2号)

永野ベニヤ(株)(札幌市北4条西13丁目1番地)は3月26日、札幌地裁から破産宣告を受けた。

破産管財人は岸田昌洋弁護士(札幌市)。

債権届出期間は昭和45年4月11日まで、第1回の債権者集会の期日は昭和45年4月25日午前10時、債権調査の期日は昭和45年4月25日午前10時。

1970/04/06
札幌地方裁判所第一部

1970年3月25日 (水)

(株)ほくそう[札幌市|札証 8128]

割賦販売会社「ほくそう」も経営ゆきづまる

道内割賦販売の大手、株式会社ほくそう(資本金二億三千万円、本社・札幌市南四西七)はこのほど不渡り手形を出して経営が行きづまった

同社は、繊維製品、電気器具、家具類などの割賦販売が主体で、店舗も本店のほかに釧路、函館、旭川など主要都市を含め道内に合計十二店をもっており、年間売り上げは二十五億円の大手業者。しかし、昨年八月の本店新築をはじめ稚内支店新築など相次いで設備投資を行ない、販路拡張を図ったものの営業成績がともなわず、また設備資金の一部返済期にはいり、資金繰りが苦しくなった。このため二十三日支払い日の約八百万円の手形が落ちず不渡りとなった。二十五日の手形交換開始時刻まで買い戻されない時は銀行取り引き停止処分を受け倒産となる。

北海道新聞
1970/03/25
http://www.hokkaido-np.co.jp/

 

『ほくそう』倒産 負債22億 更生法適用申請へ

道内割賦販売の大手である株式会社ほくそう(本社・札幌市)は不渡り手形を出したが、二十六日に札幌地裁に対し会社更生法の適用申請することに踏み切った。これで同社の倒産は確定的となった。

同社は本店のほかに道内十一店舗をもって繊維製品、電気器具、家具類を中心に割賦販売をしており、今六月期(決算年一回)の売り上げも二十二億円を見込んでいた。しかし、相次いで行った店舗の新・改築など設備投資の資金繰りがつかず行きづまったもので、同社では二十五日から本支店とも営業を停止している。負債推定額は金融機関の借り入れ金、仕入れ先への買い掛け金、未払いなど合わせて約二十二億円で、二十六日札幌で社長が債権者に事情を説明することになっている。二十五日午後、社長は今後の対策を含めて次のように語った。

世間を騒がせ申しわけない。今回行きづまった原因は設備投資の過大と資金手当て計画、営業見通しの甘さだ。しかし、営業内容は黒字経営でもあり、この際、会社更生法の適用を受けて債権者へむくいたいと思う。

北海道新聞
1970/03/26
http://www.hokkaido-np.co.jp/

1970年3月20日 (金)

上田産業(株)[小清水町]

上田産業(小清水町)倒産 でんぷん製造の大手 負債額は42億円

【小清水】年商二十億円という道内でも有数のでんぷん製造業者上田産業(資本金五千万円、本社・網走管内小清水町)は二十日、不渡り手形を出し、二十三日、釧路地裁網走支部に会社更生法の適用申請をした。同支部では即日これを受理、保全命令を出したので、近く調査委員を決め同社の資産内容の調査にはいるが、同社の倒産は業界はもとより地元にも大きなショックを与えている。

同社は昭和三十一年四月設立され、網走市をはじめ東藻琴村、小清水町など網走管内斜網地区のジャガイモを一手に買い付け、年間約一万トンのでんぷんを生産しているほか、水あめ製造、肥料、飼料、農業機械の販売などもしている。

今回、行きづまったのは過剰な設備投資とでんぷん市況の不振、原料ジャガイモの不足による高値の買い付けなどがたたったうえに、ポテトフィード工場の排水処理関係の公害防止施設の建設資金調達の失敗が重なり、資金繰りに行きづまったのが原因とみられる。

同支部への申請によれば同社の負債額は二十三億九千万円だが、民間信用調査機関の調べでは融通手形などを含め総額四十二億三千二百万円にのぼる見込みで、全国的にみても、二月五日の技研興業(負債約八十億円)に次ぐ大口倒産である。

同社の取り引き先は伊藤忠肥料、日商岩井、日本農産、石川島播磨重工などの大手会社で、取り引き銀行は拓銀、道相銀、網走信金などかなりの数にのぼっている。

北海道新聞
1970/03/25
http://www.hokkaido-np.co.jp/

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